ロボットのとなりで

ヒューゴー/ネビュラ賞を受賞したSF作家David Gerrold氏が1999年に語ったスマートフォンに関する予言は的中しました。彼が次に予言するのはコンピューターの未来です。

1999年に話を戻しましょう。私は、コンピューティングの未来についてSm@rt Resellerマガジン向けに短い記事を執筆するよう依頼されました。SF作家の仕事は未来予想だと思われているのがその理由でした。

まあ、少しはそうだと言えるでしょう。

SF作家は「もしこれが起こったら」どうなるかという点についてよく考えるのに対し、テクノロジーライターが得意とするのは「今ここにあるもの」について考えることです。その当時は、一部のトレンドが各種のテクノロジーの融合に向かっていることは明らかでしたので、私はいくらかの考えを文章にまとめ、それは私が思ったよりもはるかに先見性があることがわかりました (特に最後の部分はそうでした)。

しかし、考えてみてください。SF作家が未来を予言することはありません。時折、誰かが想像している物事が最終的に事実になるというだけです。そのために、一部の人々はSFが未来を予言する文学だと思っているのです。

実際は違います。

SFは、アイデアを元に推測する文学であり、可能性について検討して、物事がどのようになり得るかという点を考察するものです。それがすべてです。

 

ロボットの登場

サイエンスフィクションと呼ばれるジャンルが登場する前は、多くの人々が生命を模した人工的な創造物について考えていました。たとえば、ゴーレム、フランケンシュタインの怪物、機械のチェスプレイヤー、ありとあらゆる種類の模造品などです。そして最終的に、カレル・チャペックによってロッサム・ユニバーサル・ロボットに関する小説が発表されました。この小説が、ロボットという言葉の由来となりました。

ロボットは、フリッツ・ラングが監督した『メトロポリス』以来、未来の要素の1つとして想像されてきました。

私たちは機械人間の有用性について想像してきましたが、今に至るまで造ることができていません。問題は、機械に関するものというより、脳、ソフトウェア、インテリジェンスエンジンにあったと言えます。

人間のエレベーター係がボタンのパネルに取って代わられて以来、私たちは長い間、1つの目的に特化したロボットを使ってきました。しかし、変化する状況に応じて決定を下せるようなロボットには高度なソフトウェアが必要です。それを、私たちは誤って「人工知能」と呼んでいます。実際には、それは知能ではなく情報処理であり、問題解決に役立つパターン認識です。

真のロボットは多くの異なるタスクを実行することができ、必要に応じて新しいタスクを学習する能力を備えています。私は「ロビー、朝食にエッグベネディクトを作って」と言うことができるはずです。そしてロビーは「今、レシピをダウンロードしています」と返事をするでしょう。さらには「今、卵を切らしています。店からいくつか注文しました。30分後に配達されます」と答えるかもしれません。ロビーはレシピを読んで理解し、必要な食材のリストを作成して、食料の貯蔵庫にないものを注文する方法を知る必要があります。

ロボットには、人間のアシスタントを上回るレベルのデータ収集、パターン認識、情報処理、そして意思決定が求められるでしょう。

その時点で、ロボットはライフマネージャーと呼べる存在になります。家の掃除は責任が最も小さなタスクになります。ロボットは、あなたが所有するすべてのワイヤレスデバイスに接続し、見たいテレビ番組、注文するピザの好みのトッピング、支払う請求書などをモニターします。さらに、おそらく財務状況を管理することにもなるでしょう。納税申告用紙に記入するには、「ロビー、納税申告書を提出しておいて」と言うだけで済むようになります。

このような機能はどれも、すでに開発中であるか、少なくとも将来実現するだろうと予想されています。必要なテクノロジーはそこにあります。解決しなければならないのは、主にソフトウェア面の課題です。(それと、標準化されたデータ交換言語が必要です。)

しかし、検討すべき事柄は他にもあります。

 

デジタルアシスタントを超えた存在

ロボットの情報処理能力がより洗練されたものになると、ユーザーに合わせた個性を作り出せるようになるでしょう。ロボットは話し相手になり、電子の友人になります。相手の力量に合わせてゲームをプレイし、提案やアドバイスを行い、昔のElizaプログラムのように良い聞き手となります。癒やしを求める人々のために、ある種の治療的な役割も果たすようになり、知的障がい者にとっては、適切な介助者や話し相手となります。

ロボットのテディベアは幼児にとって最初の友達になります。幼児の言葉に耳を傾け、返事をして、さまざまなことを教えます。また、子供の健康状態をモニターし、異常があれば両親に報告します。万一、子供の呼吸が停止した場合には、アラームを鳴らすこともできます。

子供が成長するにつれ、テディベアも進化して、これまで以上に洗練された丈夫な遊び仲間になるでしょう。このクマは単なる遊び仲間以上のものになり、キャッチボールの相手をして、子供の運動能力の発達を助けます。また、「お願いします」や「ありがとう」に応答することで、子供がより良い社会的スキルを養うのを助けます。最終的には、感情による振る舞いの洗練されたレパートリーを示すようになるでしょう。子供が良い態度を示したときにはうれしさ、非社交的な態度を示したときには悲しみや失望といった風に。

その後、青年期と成人期の人間の相手をすることは、ロボットにとってまったく別の課題になります。それでも、ロボットは高校や大学を通じて個人教師や指導者になることができるでしょう。人生の他の時期には、ロボットは人間のニーズに合わせて便利な存在になります。ダンスパートナーになり、バスケットボールをプレイし、ジョギングのペースランナーになり、犬の散歩をこなします。ロボットは、特定のルールセットで定義できるどのような作業も引き受けるようになります。病気の人やお年寄りの世話を手伝い、最終的には、郵便物を配達してくれるかもしれません。

ロボットが軍事利用されるのは確実ですが、さらに重要な点として、人間にとってあまりにも危険な環境、たとえば消火活動やその他の救助活動で働くことができることを忘れてはなりません。リモートのオペレーターが、危険な環境にある特定の目標についてロボットにアドバイスできるようになるでしょう。

 

その後にたどり着く未来

ロマンチックなパートナーとしてのロボットについて考えてみましょう。私たちはすでに、その方向への最初の一歩を目にしています。一部の人にとっては、他人との厄介で不確かな関係よりもロボットの話し相手の方が好ましい場合があります。ロボットの人間との対話能力が洗練されたものになっていくことは避けられません。 

これまで述べてきたことは、機械が人間の世界を安全に移動できるようになり、特定の問題を解決したり、特定のサービスを提供したりするようになったときに考えられるほんの一部の例です。しかし、ロボットの社会的な影響を予測するのは簡単ではありません。

一部の人は否定的な反応を示すでしょう。過激な人はロボットを攻撃したり混乱させたりする可能性があります。ロボットの存在を邪魔に思い、ロボットが制限されているコミュニティに閉じこもる人や、ロボットが違法行為をするように再プログラムする人が現れる可能性もあります。

また、私たちは対人関係のあり方の変化を目にすることになるでしょう。ロボットのアイデンティティを理解することが、自らのアイデンティティについての理解を見直すきっかけになる可能性があります。他人と接する際に、ロボットとの間に築く関係と同じようなものを求めるようになるかもしれません。

おそらく、一部の人々はロボットを一番の仲間として迎え入れて、テクノロジーの殻の中に閉じこもることになるでしょう。現実の人間は厄介で気まぐれな存在であり、うまくやっていくのが難しいからです。他人とのコミュニケーションを全く拒否するような極端なケースでは、ゲーム、会話、その他のさまざまな活動の相手がロボットだけになる人もいるでしょう。

真のロボットの開発には、少なくともあと10年か、おそらくそれ以上かかると考えられます。このプロセスはゆっくりで骨が折れるものですが、自動運転車の開発は注意を要する良い例です。慎重な開発のペースは、人がそのアイデアに慣れるのに十分な時間を与えることになるでしょう。

注意すべき事柄が1つあります。

私たちは、人間であることの最も本質的な要素、すなわち、互いにつながる能力を放棄してはなりません。

ロボットは赤ん坊をそっと揺すってあやすことができますが、赤ん坊は人にあやされる方をはるかに好むと私は信じています。そのような考えを諦めると、愛されることをまったく知らない世代が生まれることになるのです。

この記事/コンテンツは、記載されている特定の著者によって書かれたものであり、必ずしもHewlett Packard Enterpriseの見解を反映しているとは限りません。

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