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テクノロジーイノベーションのツアー: キャリアのインスピレーションを得るために訪れるべきトップ10のテクノロジー発祥の地

偉大なアイデアが生まれ育ったいくつかの場所を訪れて、創造的なエネルギーを回復させましょう。

テクノロジーのキャリアを追求するのが簡単だと主張する者はいません。それでも、イノベーションの最先端でシステムを構築してサポートするという考えには、抗いがたい魅力があります。

極めて熱心で意欲のある技術者であっても、時には情熱や活気を高めるために心身を回復させる場所を訪れる必要があります。ビーチに腰を下ろしたり、山道をハイキングしたり、知らない国に旅行に行ったりするのは楽しくてエキサイティングなことかもしれませんが、そのような活動から新たな使命感が生まれる可能性はほとんどありません。インスピレーション、つまり、最初にテクノロジーのキャリアを開始することになった感覚を取り戻すために、テクノロジーが世界を変えた場所を巡礼することを検討してみましょう。

旅に出かけてキャリアのカルマを取り戻すプロセスに役立つように、記憶に残る10か所のテクノロジーの歴史的建造物を簡単に紹介します。

 

1. バッテリ誕生の地

バッテリは、モバイルデバイスに不可欠な要素です。1799年に、アレッサンドロ・ボルタは最初の電池を作りました。ボルタにちなんで名付けられたボルタ電池は、化学溶液に浸された異なる金属の2枚のプレートで構成されており、再現可能な連続した電流の源となります。

ボルタは、イタリアのコモでバッテリについての画期的な研究を実施しました。コモのヴォルティアーノ神殿にある記念館と博物館で、ボルタと彼の発明に敬意を表することができます。大いに楽しむことができるでしょう。

 

2. 実用的な電信の最初の公開実験

電気通信の時代は1838年1月に始まりました。このとき、サミュエル・F.B.・モールスとアルフレッド・ヴェイルは、2マイルの電線の間で送信されたパルスによって電磁石で文字や単語を表すドットとダッシュを紙に印字する方法を示しました。

ヴェイルとモールスが公開実験を行った工場は、ニュージャージー州モリスタウンの由緒あるスピードウェルパークにあり、現在、国定歴史建造物となっています。

 

3. 最初の大西洋横断ケーブルの西側到達地点

1866年7月27日に初めての大西洋横断電信ケーブルが完成し、ヨーロッパと北アメリカの間の通信時間が数日から数秒に短縮されました。米国の起業家であるサイラス・フィールドが率いたこの事業は、完了するまでに12年の歳月と5回の試みを要しました。特別に設計された何千マイルものケーブルは、イザムバード・キングダム・ブルネルが建造した巨大な遠洋定期船グレート・イースタンから敷設されました。ケルヴィン卿とチャールズ・ホイートストンの両氏は、この取り組みに対して重要な技術的貢献を果たしました。

ニューファンドランドのハーツ・コンテントにある最初のハーツ・コンテント・ケーブルステーションは、1965年まで運営されていました。現在は、州の史跡として一般公開されています。

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4. 本初子午線の確立

1884年の国際子午線会議はワシントンD.C.で開催されましたが、世界の本初子午線 (経度ゼロ) は、今日まで残っている英国のグリニッジ天文台を通過する位置に設定することが投票で決まりました。世界的に受け入れられた本初子午線の確立は、計時と航法に大きな影響を与え、両方の分野に新しいレベルの精度と適合性をもたらしました。現在、次々と登場するテクノロジーやサービスが正確に機能するのは、標準化された時間とマッピングのおかげです。

グリニッジ天文台を訪れて本初子午線をまたいで、世界の西半球と東半球に同時に立つ感覚を体験しましょう。天文台の博物館には、時計ベースのナビゲーション技術 (現在のGPSのような役目を果たしていました) の魅力的なコレクションが展示されています。グリニッジ天文台は、現地時間の毎日午前10時に開館します。この時刻は、英国夏時間 (BST) が適用されている期間はグリニッジ標準時 (GMT) ではありません。

 

5. 実用的な無線通信の最初の実験

1894年から1895年の間に、若いグリエルモ・マルコーニは、両親のボローニャの屋敷であるヴィッラ・グリフォーネの屋根裏で、接地されたアンテナを実験用の送信機に接続しました。この装置を用いて、若い発明家は、物理的な障害物であるセレスティーニの丘を越えて約1.25マイルの距離で無線電信による信号を送信することに成功しました。この実験によって、無線通信の時代が始まりました。

現在、ヴィッラ・グリフォーネはマルコーニ博物館の本部になっており、マルコーニと彼の発明や地所について説明するガイド付きのツアーが用意されています。

 

6. 音声と音楽の最初の無線放送

1906年12月24日の夕方、アメリカの東海岸沿岸の船舶とその他の海上無線オペレーターは、通常のモールス符号のトンツー音の代わりにヘッドセットを介して音声と音楽が聞こえてきたことに驚きました。彼らが実際に聞いていたのは世界初のラジオ放送であり、これはカナダ生まれの無線パイオニアであるレジナルド・フェッセンデンによる挨拶でした。マサチューセッツ州ブラント・ロックの研究所にいたフェッセンデンは、自分の電鍵を使いすべての局に向けた一斉呼び出し (CQ) を送ったのです。その後、エジソンの蓄音機の近くにマイクを置き、ヘンデルの『ラルゴ』の録音を放送しました。次に、彼は自分のバイオリンを取り出し、『さやかに星はきらめき (O Holy Night)』を演奏して、最後の節を歌いました。

この送信場所は、ボストンの南東約30マイルのブラント・ロックにあるブラックマンズ・ポイントにあります。フェッセンデンの無線タワーを支えるために建てられたコンクリート基礎の跡は、セントラル・ストリートの外れのブラント・ロック南端にある私有のトレーラーパーク内にあります。

 

7. アラン・チューリングの生誕地

アラン・チューリングはおそらく、歴史上の他のあらゆる人物よりもコンピューターサイエンスの発展に貢献しました。第二次世界大戦中、彼はドイツのエニグマ暗号を破ったチームを率いていました。また、チューリングは現代のコンピューティングの基礎を築き、人工知能について理論付けました。

彼は1912年6月23日にロンドンのメイダヴェールにあるワーリントン・クレセント2番地で生まれました。現在、かつての私立病院はコロネイド・ホテルになっているため、チューリングの生誕地は実際に宿泊することができる唯一の歴史的なテクノロジー発祥の地です。

 

8. シリコンバレー誕生の地

1938年に、スタンフォード大学のフレデリック・ターマン教授は学生に対し、東部に設立された企業に入社するのではなく、地元にエレクトロニクス企業を立ち上げるよう勧め、その助言に従ったビル・ヒューレットとデビッド・パッカードはオーディオ発振器の事業を始めました。この2人は、事業の本拠地として、カリフォルニア州パロアルトのアディスン・アベニュー367番地にある質素な木製ガレージを選びました。その後の数十年にわたって、AppleやGoogleなど、シリコンバレーのガレージから始まった数え切れないほどのスタートアップ企業が、ヒューレット・パッカードが切り開いた世界的な成功への道筋を歩みました。

残念なことに、カリフォルニア州の歴史的建造物第976番は現在一般に公開されていませんが、外部から見学することは止められていないので、立ち止まって自身の技術的未来について思いを巡らせることができます。

 

9. 固体素子テクノロジーの到来

1947年の後半に、ニュージャージー州マレーヒルにあるベル電話研究所の1号館、1E455号室で働く研究者のウォルター・H.・ブラッテンとジョン・A.・バーディーンは、ウィリアム・B.・ショックレーの指導の下でトランジスタ効果を発見し、世界を変えることになりました。このチームによる点接触型ゲルマニウムトランジスタの開発と公開実験は、固体素子デバイスの将来の発展につながり、エレクトロニクス産業に革命をもたらして人々の生活を永遠に変えました。

元のラボは一般公開されていませんが、ニュージャージー州マレーヒルのマウンテン・アベニュー600番地にある本社の正面玄関のロビーには、ベル研究所のテクノロジーショーケースがあり、オリジナルのトランジスタを見学して敬意を表することができます。

 

10. インターネットの発祥の地

1969年10月29日の午後10時30分に、UCLAの学生プログラマであるレナード・クラインロックによって最初のARPANETメッセージがスタンフォード研究所に送信されました。このメッセージは、意図した単語「login」ではなく「lo」でした (3番目の文字が送信される前にシステムがクラッシュしたのです)。それでも、パケット交換と動的なリソース割り当てに基づいて、ARPANETの最初のノードから情報をデジタルで共有したことで、現在も続くインターネット革命が始まりました。

インターネット自体は仮想の存在なので、その発祥の地で見るべきものは多くはありません。しかし、事前の許可があれば、UCLAの工学/応用科学ヘンリー・サミュエル校 (ベルターホール3420号室) でIEEEマイルストーン賞の記念銘板を目にすることができます。この銘板をスマートフォンで撮影し (もちろんインターネット経由で) 友人と共有するといいでしょう。

テクノロジーライターのJohn Edwards (@TechJohnEdwards) は、アマチュア無線局W6JEの現在のライセンス所有者です。この無線局は米国商務省の米国ラジオ局リストに1913年に登録されました。

この記事/コンテンツは、記載されている特定の著者によって書かれたものであり、必ずしもHewlett Packard Enterpriseの見解を反映しているとは限りません。

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