都市の社会問題と戦う手段として注目が高まる予測分析
多くの都市が、深刻な社会問題を引き起こしている要因を把握する手段として、予測分析の活用を始めています。その1つであるカンザスシティでは、犯罪、ホームレス、非識字といった慢性的な社会問題を解決する手段として、このデータサイエンス手法の導入が進められています。同市の取り組みを詳しく見ていきましょう。
予測分析は、スマートシティ関係者の間で近頃耳にすることが多い用語で、犯罪、ホームレス、非識字といった長年の懸案であるさまざま社会問題の解決に、センサーテクノロジーやデータをより有効活用する手段として注目されています。
カンザスシティ (ミズーリ州) で先ごろ開催されたSmart City Connectカンファレンスにおけるパネルディスカッションには、「都市の荒廃、犯罪、および道路の陥没と戦う手段としてのデータサイエンス」という野心的なタイトルが付けられていました。私もこのパネルディスカッションに参加した1人です。
ディスカッション中には否定的な発言はあまり聞かれませんでした。しかしながらディスカッションの後、名前を伏せることを条件にある参加者から、「テクノロジーを都市の社会問題に対する万能薬のように捉えるのは安易に過ぎる」とのコメントが得られました。ホームレスの人々が食料やシェルターをどこで探しているのかを把握するために、空のゴミ箱をセンサーで追跡するといった方法は、優れたアイデアのように思われます。しかしながら、こうしたアイデアは、市民の善意に基づく広範なコミュニティベースのアプローチほどの実効性はない、とこの参加者は指摘します。
私は4年前から、シンガポール、モントリオール、ニューヨーク、バルセロナなど、世界各地でパイロットプロジェクトについての報道やビデオ撮影を続けてきましたが、スマートシティテクノロジーの価値については未だ判断を下しかねています。テクノロジーの導入により大幅なコスト削減を達成した都市の事例は確かに存在します。その一例が、ロサンゼルスにおけるLED街路灯の設置で、月の明るい夜には照度を自動的に落とせる街路灯を導入したことで、同市は年間900万ドルものコスト削減に成功しています。さらに街路灯の柱にIoTセンサーやカメラを取り付けて、群衆、汚染、騒音、交通、駐車スペースなどを監視することも期待されています。またシンガポールでは、豪雨による洪水を検知するセンサーにより、洪水に備えて車を移動するよう警告するツイートを住民に自動発信しています。
こうした事例を見ると、テクノロジーを活用することで、都市の殺人発生率を引き下げたり、子供のリーディングスコアを改善したりすることも十分可能であるように思われます。しかしながら、それはテクノロジーやデータ分析に対する過剰な期待であると私は考えます。
カンザスシティのチーフ・イノベーション・オフィサーを務めるBob Bennett氏は、この点に関して異なる見方をしており、「テクノロジーを活用することの重要性は、未だ十分に認識されていません」と指摘します。「私たちは重大な社会問題の解決にテクノロジーを活用する方法を見出すとともに、テクノロジーの有効性を多くの関係者にもアピールする必要があります。テクノロジーベンダーにとって公共部門との取引は利幅が小さいかもしれませんが、例えば教育などの分野において、現状を把握するためのデータ集約が必要とされています。世の中の動きは速く、公共部門もそれに見合ったスピードを求められています」。
Bennett氏の熱意はその口ぶりに表れています。2年前に現在の役職に就任する以前、同氏は米国陸軍に所属し、最高司令官の配下としてイラクに赴いた経験を有します。Bennett氏の意欲は高く、その取り組みはまだ道半ばです。
Sly James市長は先ごろ、市政教書演説のなかで、カンザスシティの犯罪率に対する憂慮を表明しました。2017年に同市で発生した殺人事件は149件に達しています。また市長は、小学3年生のリーディングスコアの向上を評価しつつも、スコアが依然として標準以下に留まっていることに遺憾の意を表しました。
Bennett氏はこうした市長の懸念を重く受け止めており、「課題の解決に貢献したい」と述べています。
「カンザスシティの殺人発生率は深刻です」とBennett氏は指摘します。「私たちはこの問題に全力で取り組む必要がありますが、犯罪率と関連する10のファクターを特定できれば、それは大きな助けとなるはずです。現時点では仮説やビッグデータの活用方法はまだ明確になっていませんが、例えば学校のランチプログラムに参加している子供と犯罪に関わった子供の相関関係を調べるといったことが考えられます。空腹な子供ほど犯罪に走りがちであることは容易に想像できます」。
ビッグデータや予測分析は、民間企業では既に活用されており、将来的な製品に対する消費者の嗜好 (今後需要が高まると思われるスマートフォン機能など) の予測に役立っています。Bennett氏は公共部門もこうした流れに後れを取ってはならないと考えています。
銃犯罪対策にデータを活用
先ごろカンザスシティは、銃撃事件に関する既存のデータを使用して、週末の特定時間帯に縦横12ブロックにわたるウェストポート歓楽街で発生した銃撃事件の相関付けを実施しました。その結果得られた情報は、市当局者がコミュニティ改善地区 (Community Improvement District) を文書化および承認するうえで大きな効果を発揮しました。これにより当該地区のレストランやバーの所有者は、民間警備員や非番の警察官を雇って最も危険な時間帯に歩道を巡回してもらい、必要に応じて警察に連絡する体制を整えることができました。「私たちは今後3~4ヶ月で効果が現れることを期待しています」とBennett氏は述べています。
カンザスシティは市内の至るところで、街路灯にビデオカメラを設置して、スプリントセンターアリーナから出てくる群衆を監視しています。群衆の多くが、「パワー・アンド・ライト地区」と呼ばれるダウンタウンの飲食店街に流れていきますが、この地区について同市は状況に応じて追加のパトロールを派遣できます。
「パワー・アンド・ライト地区の近辺では凶悪犯罪はそれほど発生していませんが、薬物やアルコール絡みの問題が存在しています」と、カンザスシティのデータ分析パートナー企業であるXaqt社CEOのChris Crosby氏は指摘します。「私たちはビデオ分析をカメラボックス上で実施しています。歩行者の動きや流れを把握することは、犯罪の予測向上につながります。通常は通りに歩行者が多いほど犯罪発生率は低くなります」。
ニューヨークやカンザスシティをはじめとする数十にのぼる米国の都市で、発砲音に素早く対応するための手段として、ShotSpotterと呼ばれる高度な銃声検知テクノロジーが既に活用されています。こうしたテクノロジーは、必ずしも銃撃事件の防止にはつながりませんが、逮捕や被害者への対応を迅速化することで、犯罪の深刻度を軽減することは可能です。対象地域は明らかにされていませんが、カンザスシティは先ごろ、ShotSpotterの増設に向けた見積依頼書を提出しました。
「ShotSpotterが当市の殺人発生率にどの程度の影響を及ぼすかは、現時点では不明です」とBennett氏は述べています。しかしながらShotSpotterの効果がデータポイントとして役立つことは明らかです。
データ分析はリーディングスコアの改善に役立つか
小学3年生のリーディングスコアの改善には、あらゆる家庭に高速ブロードバンドを導入することが効果を発揮するように思われます。サンフランシスコでは、12%のインターネットアクセスギャップの解消を目指して、すべての住宅をカバーする公共ファイバーユーティリティを構築するという20億ドル規模の野心的な計画が推進されています。
2012年に世界の都市で初めてGoogle Fiberプロジェクトに参加する以前のカンザスシティでは、人口の17%が高速インターネットアクセスを利用できず、貧しい地区ほどその割合が高い傾向にありました。この6年間でインターネット接続環境が改善されたことは明らかですが、人口58万人のカンザスシティ全体にわたるデジタルデバイドの程度を示す正確な数値は把握されていません。ただしXaqt社が集計したさまざまなデータが、公共のダッシュボードを通じて提供されています (あるXaqtダッシュボードでは、2.1マイルに及ぶ同市の路面電車網に沿ったリアルタイムの交通情報およびダウンタウンの駐車場情報を確認できます)。
Smart KCMOのデジタル・インクルージョン・ダッシュボードは非常に優れたシステムです。カンザスシティ都市圏は、川を挟んだミズーリ州側とカンザス州側を合わせて、200万を超える住民を抱えています。ダッシュボード上でエリアマップを拡大して任意の国勢統計区を表示すると、その区域で使用可能なインターネット速度のレベルを0~500Mbps以上までの5段階で確認できます。ただし、このダッシュボードはインターネット速度が低い地域を特定したり、特定人物の住宅の周辺で提供されているインターネット速度を調べたりするには便利ですが、特定地域におけるインターネット導入率を把握することはできません。またGoogle Fiberなどの通信事業者は加入者番号を公開していません。
この点は大きな問題ではありませんが、カンザスシティ全体のインターネット状況を他の都市、例えばサンフランシスコ (インターネット環境のない住民が約10万 (全人口の12%)) などと比較することはできません。
Bennett氏は、高速インターネットやコンピューターによる学習が、(とりわけ低学年の児童の) リーディングスコアの大幅な改善につながるという考えには必ずしも同意していません。カンザスシティでは既に公立学校の上級生にコンピューターを提供しており、また大多数の学校や公共団地内にはコンピューターラボが設けられています。また地元の無線通信事業者であるSprint社は、インターネット環境が不十分なコミュニティの支援を目的とする、無料のWi-Fiイニシアチブを展開しています。
しかしながら、低学年の児童のリーディングスコアを改善するうえで最も重要なのは親の関与である、とBennett氏らは確信しています。「汎用ブロードバンドは優れたツールですが、万能薬ではありません」と同氏は指摘します。「この問題への対応は非常に難しく、1つのアプリケーションですべてを解決することは不可能であり、多大な労力や困難を伴います」。
カンザスシティの市政補佐官を務めるRick Usher氏は、デジタルインクルージョン調査を改めて実施する必要性を指摘しており、多くのファクターを考慮する必要があると述べています。「私たちは、教育、銀行、雇用などの分野におけるモバイルアプリの利用が広がるなかで、無線通信事業者が (デジタルインクルージョンに) 果たす役割が増大していることも承知しています」とUsher氏は指摘します。「今日では、各家庭のコンピューターへのインターネット接続以外にも目を向ける必要があります」。
道路整備費を最大40%削減
カンザスシティがデータ分析による改善に取り組んでいる都市サービスの1つが、道路の整備です。監視員から収集した路面状況、補修記録、ワード・パークウェイの一部車線で行われた比較試験の結果などを活用することにより、カンザスシティは、道路が陥没して大規模工事が必要になる前に舗装の亀裂をシーリング材で補修することで、コストの大幅削減に成功しました。Bennett氏によると、同市は6,200マイルの道路をこの新しい予防的補修プロセスでカバーすることで、道路修理予算を20~40%削減することを目指しています。
「こうした節減の効果はすぐには現れません」とBennett氏は指摘します。予測分析の効果は現れるまでに時間がかかることが多く、道路の維持管理もそうした領域の1つです。
とは言え道路管理の改善は、殺人発生率の低減に比べればシンプルな課題です。「このような課題は長期的視野に立って取り組むことが大切です。地方自治体はこうした新しい手法に対応した意識改革を求められています」とBennett氏は述べています。
都市問題にデータ分析を活用することに対するコンサルタントの見解
Gartner社のアナリストで、全世界のスマートシティイニシアチブのコンサルタントとして活躍するBettina Tratz-Ryan氏によると、長年の社会問題の解決にデータ分析を使用することの有効性については、疑念を持っている人も少なくありません。データ分析が市民主体の問題解決に取って代われるものでないことは明らかです。
「テクノロジーは、社会やコミュニティの目標あるいはアプローチを支えるサービスを実現することで、人口統計的問題への対応、野心的目標の達成、コンテキストに沿った問題解決などを容易にする役割を担っているとGartnerは考えます」とTratz-Ryan氏は述べています。「都市のエコシステム全体にわたるデータを分析して相関付けすることで、政府機関や新興企業は問題の根本原因をダイレクトに把握できます」。
「とは言え、あらゆる知見をテクノロジーによって見出したり、導き出したりできるわけではありません」と同氏は付け加えます。「またデジタルアクティビティや成熟度のレベルは、個々の市民によって異なります。今日のテクノロジーでは、デジタル接続された明白な問題に注目が集まりがちです。社会的共感といったアナログな手段によってのみ解決可能な、非常にアナログな社会問題の存在は、二次的分析や相関分析を行うことよって初めて明らかになります」。
こうした社会的共感の構築に役立つアプリケーションが存在するかどうかは、疑問と言わざるを得ません。
都市における予測分析: リーダーへの教訓
- 産業界だけでなく政府機関においても、戦略策定の基盤としてデータサイエンスの活用が求められています。
- 分析の利用可能性を拡大するには、ビジョナリーやイノベーターの雇用が必要です。
- データの分析結果を包括的かつ革新的なソリューションにつなげるための準備が必要です。
この記事/コンテンツは、記載されている個人の著者が執筆したものであり、必ずしもヒューレット・パッカード エンタープライズの見解を反映しているわけではありません。

Matt Hamblen
ジャーナリスト
Matt Hamblenは、モバイルテクノロジーやスマートシティテクノロジーを専門とするジャーナリストです。Mattは20年以上にわたって、Computerworld誌の記者および編集主任を務めた実績を有します。現在はSmart City Scoutを拠点としています。
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