ブロックチェーン: 将来の導入に向けて早めの準備が大切

現在多くのITリーダーが、ブロックチェーンの理解に努める一方で、重大な問題点が解消されるのを待っています。今こそ、ワークショップやカンファレンスを通じて、ブロックチェーンの潜在的なユースケースを探り、期待されるメリットを明らかにする好機です。

近頃、仮想通貨のニュースを目にする機会が増えていますが、企業の取引方法を抜本的に変える可能性があるのは、BitcoinやEthereumなどの仮想通貨ではありません。むしろ重要なのは、その基盤となっているブロックチェーンと呼ばれるテクノロジーで、この新たなテクノロジーを利用することによる、ID管理の刷新、ある一連の事実を証明するために必要とされる多数の仲介者の排除、固有の信頼関係を持たない当事者間の信頼の確立、新たなアプリケーション開発やビジネスの自動化などへの注目が高まっています。ブロックチェーンプラットフォームはまだ開発の初期段階にありますが、各企業およびそのパートナーは、将来性有望なユースケースの特定に重点を置いて、この新たなテクノロジーの評価に今すぐ着手する必要があります。

ブロックチェーンとは、デジタルレコードの分散型ログです。これは言わば信頼性の高い台帳で、1つのレコードが更新される都度、分散ノードが同期されて、タイムスタンプが付加されます。パブリックブロックチェーンは、参加を希望するすべての人に開放されています。これに対してプライベートブロックチェーンに参加するには招待状が必要で、事前審査も行われます。ブロックチェーン上に格納されるレコードには、個人、企業、資産、取引、契約など、データで表現できる事実上あらゆるものに関する情報を記録することが可能です。この台帳を改ざんまたは破損することは極めて難しいため、ブロックチェーン上に保管されている情報については、データの不変性や高水準の信頼性が確保されます。

 

ブロックチェーンのユースケース

仮想通貨の場合は、取引を記録するためにパブリックブロックチェーンが使用されますが、このピアツーピアの価値交換の他にも、ブロックチェーンテクノロジーには数多くの潜在的用途が存在します。

例えばヘルスケアの分野では、ボストンのBeth Israel Deaconess Medical CenterとMIT Media Labにより、投薬情報を追跡し、電子カルテの整合性を維持するために、ブロックチェーンをベースとするMedRecと呼ばれる概念実証アプリケーションが開発されています。将来的にブロックチェーンは、病院、保険会社、医療関連企業などがデータを共有する方法を刷新し、患者の治療成果を向上させるとともに、保険詐欺や偽造医薬品の防止にも役立つと期待されています。

このテクノロジーはサプライチェーンの効率化も可能にします。スマートコントラクト (基本的にはソフトウェアコードの形で定義された契約手順) と呼ばれるブロックチェーンアプリケーションは、プライベートブロックチェーンを利用することで、企業が新しいサプライヤーの審査やオンボーディングに伴う煩雑な手作業を必要とすることなく、スマートコントラクトプラットフォーム上で仮想的に「取引成立の握手」をして、ビジネスを即座に開始することを可能にします。この手法により、大規模企業は、従来の契約合意に必要なコストをかけることなく、新規のサプライヤーとのビジネスを簡単に開始できるようになります。また中小企業や新興企業が大企業と取引するのも容易になるため、あらゆる規模の企業にメリットがもたらされます。

ブロックチェーンの潜在的なユースケースは、金融サービス業、政府機関、製造業をはじめとして、ID管理、物理資産やデジタル資産の管理、過剰な数の仲介者の必要性などの問題を抱えている、さまざまな業界に存在しています。IDC社の試算によると、ブロックチェーンソリューションに対する全世界の総支出は、今年度21億ドルに達すると見込まれ、なかでも金融サービス (7億5,400万ドル)、流通・プロフェッショナルサービス (5億1,000万ドル)、および製造・資源 (4億4,800万ドル) 業界における支出が大きいと予想されます。投資額は驚異的なペースで成長を続けており、2020年には60億ドル、2021年には97億ドルに達するとIDC社では見ています。トが情報にもたらした変革を、価値交換の領域にもたらします。どのようなビジネス価値が得られるのかをぜひお確かめください。

 

金融ブロックチェーンにおける仲介者の排除

金融サービスは、ブロックチェーンの導入による変革が進むと予想される業界です。この業界には、多数の仲介者に加えて、身元認証、プライバシー、セキュリティ、照合、取引明細、料金などに関連するさまざまな要件が存在しています。例えば、単純なクレジットカードの支払い処理でも、カード保有者、加盟店、アクワイアラー、クレジットカードネットワーク、発行銀行など、5つ以上の当事者の関与が必要になります。取引が完了するまでには、カードの読み取りに始まり決済に至るまで、これらの当事者による合計17のステップを経なければならず、約1週間を要します。言うまでもなく、こうした処理については、各企業に料金を支払う必要があり、その結果として小売業者 (またはその他の商品/サービス販売者) は、顧客から支払われたよりも少ない金額しか受け取れません。

銀行業務に関しては、プライベートブロックチェーンを導入することで、仲介者を必要とする従来の煩雑なプロセスから、2つの銀行間のワンステップ取引へと移行できます。その結果、1時間程度で処理が完了するようになり、コストも大幅に削減されます。言うまでもなく、銀行Aが銀行Bに対して、自行が保有する顧客情報や独自モデルの提供を望まないことも考えられますが、ブロックチェーンは一定の機密情報を保護しつつ、取引を行うことを可能にします。

金融業界にはその他にも、数多くの有望な領域が存在しています。Goldman Sachs Equity Researchレポートの試算によると、ブロックチェーンが可能にする現物債券の清算・決済に関わる手数料、運営経費、および資本費用の削減額は、全世界で110億〜120億ドル規模に達します。また同レポートによると、米国の権原保険市場でも、ブロックチェーンベースのシステムへの移行に伴いエラーや手作業が減少することで、年間最大40億ドルのコスト削減が見込まれます。

 

ブロックチェーンアプリケーションへの道筋

現在、多くの企業がブロックチェーンテクノロジーの調査を進めており、潜在的なユースケースに関する構想を既に持っている企業も存在します。その一方で、現時点におけるプラットフォームは、ミッションクリティカルなアプリケーションの基盤としては未成熟で実績が不足しており、拡張性や耐障害性にも問題があると考える企業も少なくありません。

こうした懸念は極めて妥当なものです。エンタープライズ環境への導入が可能になるためには、以下に示すような、いくつかの重大な問題点が解消される必要があります。

  • ブロックチェーンは大量のトランザクションを処理できません。既存のブロックチェーンのうち最も高速なものでも、毎秒約500トランザクションしか処理できず、これは大量取引/決済システムに求められるレベルをはるかに下回ります。ただし、新たなコンセンサスメカニズムの導入による大幅な改善を謳った、より新しいブロックチェーンプラットフォームも登場しています。
  • ブロックチェーンのパフォーマンスのサイジングは難しく、推奨されるハードウェア構成を簡単に特定できません。ブロックチェーンのパフォーマンスは、実行するスマートコントラクトや分散アプリケーションの複雑さに大きく影響されます。
  • 多くの組織内でブロックチェーンに関する知識や開発者が不足しています。
  • 競合他社、サプライヤー、顧客などを包含する拡張されたバリューチェーンやビジネスプロセスを評価する方法が確立されていません。
  • データおよび統合に関する課題として、データが正しくない場合に、誤りを含んだ情報がブロックチェーン上に維持されることになります。
  • ブロックチェーンを既存のITシステムに統合する方法が明確になっていません。

ここに挙げたような理由により、現時点では、多くの企業がブロックチェーンに関する知識の習得と潜在的なユースケースの調査に努めており、2018年はブロックチェーンにとって過渡的な年になると思われます。実際に導入が開始されるのは2019年以降になるでしょう。ハードウェアへの投資を避けるために、ブロックチェーンに関する初期実験の多くが、パブリッククラウドなどの従量制課金モデルを使用して行われると予想されます。この方法によりプロジェクトの拡大は容易になりますが、その一方で、企業はコスト、セキュリティ、データプライバシー、コンプライアンス、ベンダーロックインなどの問題に注意しなければなりません。

こうした過渡期において、企業はブロックチェーンに備えて何をすべきでしょうか。推奨されるのが、ユースケースの評価を開始することです。ベンダーやカンファレンスのワークショップは、IT部門や事業部門の幹部がブロックチェーンによって現在どのようなことが可能であるかを学んだり、具体的なユースケースのためのプロセスの文書化に着手したりするうえで役立ちます。

ワークショップは組織内外の関係者を引き込むチャンスです。一般的に、ブロックチェーンは1つの組織内で使用されるものではありません。強力なバリュープロポジションをもたらすのは、複数組織にまたがるコンソーシアムブロックチェーンであり、この信頼性の高いメカニズムを基盤として、取引の記録、スマートコントラクトの実装、およびその他のブロックチェーンアプリケーションの構築が可能になります。

ワークショップは、適切なプロセスや関係する当事者を特定するだけでなく、すべての当事者にとってのメリットを明らかにする場としても役立ちます。例えば、当事者Aにとって非常に価値のあることを実現するために、当事者Bによるコスト負担が必要になることが考えられます。このような場合、当事者Aは、ブロックチェーンの導入が当事者Bにとっても魅力的であることを示すために、コストの削減、照合処理の迅速化、スタッフや顧客のエクスペリエンスの向上といったメリットを明らかにする必要があります。

 

ブロックチェーンの導入に向けて

ワークショップの完了後は、次の2つを実施する必要があります。

  1. プラットフォームとスキルの評価: 最適なブロックチェーンプラットフォームの特定、パブリックブロックチェーンまたはプライベートブロックチェーンの選択、トランザクション量の把握、スマートコントラクトや分散アプリケーションの開発に必要なスキルの明確化、などの評価作業を実施します。
  2. 価値実証 (POV) の実施: POVはブロックチェーン固有のプロセスではなく、ビジネス価値の検証に使用される調整可能な運用モデルです。通常POVの実施には自社データが使用され、自社サイトまたはテスト環境で、1~2種類のユースケースについて、ブロックチェーンが明白なビジネス価値を提供可能かどうかが検証されます。

大多数の企業はPOVをパブリッククラウド上で実施します。これは最終的には破棄されるか、または大幅に変更される可能性がある環境のために、大量のハードウェアを購入するのを避けるためです。

いずれにせよPOVを実施することで、データ主権およびその他の要件が明確になるため、将来的なインフラストラクチャの決定が容易になります。インフラストラクチャのパフォーマンスは、ブロックチェーンアプリケーションの複雑さに大きく影響されることを忘れてはなりません。

ブロックチェーンモデルの中核をなす分散型コンセンサスモデルは、組織、人、およびマシンを接続するための信頼性の高い汎用プラットフォームの基盤として、大きな可能性を秘めています。このテクノロジーは、現時点ではエンタープライズ環境での利用に適したレベルに達していませんが、プラットフォームの安定性が向上し、拡張性やパフォーマンスの問題が解消され、インフラストラクチャニーズがより明確になるにつれて、この状況は変わっていくと予想されます。それまでの間、各組織はブロックチェーンが自身の業界にどのように影響し、どのような活用機会が存在するのかを明らかにするための取り組みを進めておく必要があります。

 

ブロックチェーン: リーダーへの教訓

  • ブロックチェーンは、デジタルレコードの分散型台帳であり、改ざんやなりすましが非常に困難です。
  • ブロックチェーンは、ID管理と多数の仲介者をベースとする非効率的なプロセスを一掃する可能性を秘めています。
  • 現行のブロックチェーンプラットフォームは、ミッションクリティカルなアプリケーションの基盤としては実績不十分ですが、この状況は遠くない将来に変わると予想されます。それまでの間を利用して、各企業は潜在的なユースケースを明らかにし、実験を開始する必要があります。

ブロックチェーンアプリケーションの利用を検討している企業にとって、ビジネス価値を検証するための運用モデルである「価値実証」の実施は欠かせない作業です。

この記事/コンテンツは、記載されている特定の著者によって書かれたものであり、必ずしもHewlett Packard Enterpriseの見解を反映しているとは限りません。

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