AIによる変革が進む科学研究

AIや機械学習テクノロジーは、科学研究ツールとしての利用が急速に拡大しており、動物行動、核物理学、太陽系外惑星探査などのさまざまな分野における発見につながっています。AIは進化を続けており、将来的には科学者の作業方法だけでなく思考方法をも変える可能性があります。

2010年にメキシコ湾の石油掘削施設ディープウォーター・ホライズンで発生した爆発事故を受けて、カリフォルニア大学サンディエゴ校の海洋学者であるKaitlin Frasier氏は、大規模な原油流出による被害の調査を開始しました。「私たちは海洋哺乳類への影響を知る必要がありました」と同氏は説明します。

とりわけFrasier氏が懸念していたのが、原油流出がイルカの個体数に及ぼした影響です。海上からイルカを追跡するのは時間や経費がかかるため、Frasier氏は異なるアプローチとして、海底にハイドロフォンを設置し、海洋で発生するあらゆる音を受動的に記録することにしました。Frasier氏は、海洋ノイズからイルカの発する音を分離することによって、イルカの個体密度の傾向を把握できると考えました。

実験の最初の部分は成功しました。Frasier氏が設置したハイドロフォンは、何百頭ものイルカが発する音を含んだ海の音を、数千時間にわたって収集しました。「私たちは数テラバイト規模のデータを収集できました」とFrasier氏は振り返ります。しかしながら、このデータ量の膨大さにより問題が生じました。これらの録音をすべて聴いて、さまざまな音を種類ごとに分類しようとすると、Frasier氏には他のことをする時間が一切なくなります。「私はイルカのクリック音の専門家として人生を過ごしたくはありませんでした」とFrasier氏は説明します。「そこで私はこの作業を自動化することを計画しました」。

コンピューター科学者の家庭で育ったFrasier氏は、最新のAIテクノロジーに精通していたため、膨大なデータをより分けて、イルカの発するさまざまな音をカテゴリに分類するためのアルゴリズムをセットアップしました。「このアルゴリズムは教師なし型で、与えられたデータセットから自律的に学習します」とFrasier氏は説明します。処理が完了するまでに、このソフトウェアは7種類の異なるクリック音を特定しましたが、特定の種類のイルカが発する音であることが以前から知られていたのは、そのうち1種類だけでした。

人間は分析的に考えます。これに対してコンピューターは推論プロセスを経る必要がないため、人間よりもはるかに多くの仮説を生み出せます。

Howard Wactlar氏、米国立科学財団、インテリジェントシステム部門

Frasier氏によるAIの活用事例は、取り立てて珍しいものではありません。近年、AIや機械学習テクノロジーは、科学研究ツールとしての利用が急速に拡大しており、動物行動、核物理学、太陽系外惑星探査などのさまざまな分野における発見につながっています。望遠鏡の発明が地動説の実証につながり、DNAのシーケンシングが系統樹についての従来の認識を覆したように、技術革新は科学の発展に大きく貢献しています。しかしながら、AIによる真の影響が明らかになるまでには、今後数年を要すると思われます。AIは進化を続けており、将来的には科学者の作業方法だけでなく思考方法をも変える可能性があります。

機械学習が科学研究に及ぼす影響は、データ収集の性質の変化に伴って、より一層拡大されつつあります。実験者が個々の観察結果を手作業で記録していた時代は既に遠い過去になりました。現代の機器は、人工衛星に搭載されたり、海底に設置されたりするなどして、膨大な量の情報を絶えず生み出しており、そのデータ量は人間が処理可能なレベルを超えています。

これに対して機械学習アルゴリズムは、膨大なデータのふるい分けが得意です。機械学習アルゴリズムはパターンを識別し、カテゴリに分類するように設計されています。

理論上は、すべてのイルカの記録をFrasier氏自身がふるい分けすることも可能ですが、そのためには膨大な時間が必要です。さらに、その場合には、再現可能性の問題も生じます。「人間は一貫性に欠けています」とFrasier氏は指摘します。別の研究者が同じデータセットを後から再解析すると、クリック音が異なる形でグループ分けされる可能性があります。データセットの処理をアルゴリズムにすべて委ねたことで、時間が節約されただけでなく、人間による偏りや誤りの可能性も排除されました。

しかしながら、この事例の場合は、Frasier氏のAIアルゴリズムが実行した処理を人間が実行することも不可能ではありません。しかしながら、AIが活用されている科学研究のなかには、人間による処理は不可能なものも存在します。

 

機械学習で世界を改革する

Hy Trac氏は、ピッツバーグのカーネギーメロン大学の宇宙学者で、散開星団の研究に従事しています。散開星団とは、星、ガス、暗黒物質などで構成され、数百万光年にわたって広がる巨大な構造体です。同氏がとりわけ関心のあるテーマが散開星団の大きさです。過去には、散開星団の規模を特定するためには、構成銀河の相対速度を測定し、そのデータを統計モデルに入力するやり方しかありませんでした。「銀河のダイナミクスを利用して、移動速度を測定することで、基本的な物理計算によってその規模を推測できます」とTrac氏は説明します。

しかしながら、このやり方では正確な値は得られません。「こうした手法の場合は、数十から数百もの銀河の速度を測定し、速度分散として集約するため、多くのデータが捨てられてしまいます」とTrac氏は指摘します。

Trac氏はより優れた手法が可能であると考えました。カーネギーメロン大学計算機科学部の研究員と協力することで、同氏は散開星団のシミュレーションを作成し、地球からその星団がどのように見えるかについてのデータを機械学習アルゴリズムに投入しました。「機械学習がすばらしいのは、すべての情報を捨てることなく活用可能である点です」と同氏は説明します。てアプリケーションパフォーマンスを最適化し、ビジネスニーズを満たす方法を、このESGレポートでお確かめください。

機械学習は、質量推定値の誤差を半減させるだけでなく、質量分布に関する情報も提供可能です。「私たちは散開星団を取り巻くあらゆる物質のマップを作成したいと考えています」とTrac氏は述べています。「宇宙構造への興味はつきません」。

イルカのクリック音を分類するというFrasier氏の作業が、理論上は人間が行うことも可能であったのに対して、このような成果を人間が達成するのは不可能です。こうしたコンピューターリソースの活用は、その他の方法では不可能であった知識の獲得につながります。

宇宙学者たちの間で、AIテクノロジーの利用が急速に進んでいるのも不思議はありません。「私たちはビッグデータの時代を迎えています」Trac氏は指摘します。「機械学習をテーマとする宇宙科学論文は増え続けています」。

将来的にはAIによって、既存のデータをより詳細に分析するだけでなく、宇宙の仕組みに関する斬新なモデルを生み出すことも可能になると期待されます。コンピューターが科学的仮説を独力で生み出す日もそう遠くないかもしれません。2009年の時点で、コーネル大学の研究員たちによって、振り子の動きを記録したデータセットから運動の法則を導き出せるプログラムが既に作成されています。将来的には、より強力なアルゴリズムによって真に新しい理論が発見されるようになり、人類の知識拡大が自動化されると予想されます。

「人間は分析的に考えます。これに対してコンピューターは推論プロセスを経る必要がないため、人間よりもはるかに多くの仮説を生み出せます」と、米国立科学財団のインテリジェントシステム部門責任者を務めるHoward Wactlar氏は説明します。

コンピューターによって、より多くの仮説が生み出されるだけでなく、まったく異なる種類の仮説が生み出されることも期待されます。人間とは異なる情報処理能力を持つAIによって、思いもかけない知見への扉が開かれる日も遠くないでしょう。昨年12月に開催されたチェストーナメントで、GoogleのAlphaGo Zeroがライバルのアルゴリズムに勝利したとき、あるチェスグランドマスターが「人類よりも優れた種が地球に降り立って、自分たちのチェスプレイを見せつけたようだ」と評したように、そのプレイスタイルは実に想定外のものでした。

ボードゲームのような明確なルールが存在する領域に比べて、より曖昧かつ複雑な科学研究の領域では、このような成果の達成は容易ではありませんが、そうした領域でも驚くべき成果が遠くない将来に達成されると予想されます。いずれはAIによって、人間が理解するには複雑すぎる理論が生み出される可能性もあります。コンピューターが科学者のライバルになる、あるいは科学者に取って代わる日が来るかもしれないという考えは、恐ろしい見通しのように感じられるかもしれませんが、Wactlar氏はこれを歓迎すべきことと捉えています。「アイデアを生み出すためには、より多くのツールが必要です」と同氏は説明します。「これらの分野に従事する科学者の数を劇的に増やすことはできません。基礎科学の進化に役立つツールが多いほど、発見のスピードは加速します。AIは人間社会を脅かすものではなく、補完するものであると私は考えます」。

 

AIによる変革が進む科学研究: リーダーへの教訓

  • 膨大なデジタルデータにより、ビジネスだけでなく科学の分野でも変革が進行しています。機械学習アルゴリズムは科学者の研究を促進します。
  • AIは、データの分類を自動化できるだけでなく、人間には不可能な傾向の検知や現象の数値化も可能です。

将来的には、AIによる独力での理論の構築および検証により、人間によるインプットなしに知識を拡大することも可能になると思われます。

この記事/コンテンツは、記載されている特定の著者によって書かれたものであり、必ずしもHewlett Packard Enterpriseの見解を反映しているとは限りません。

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