農業ゲノミクス: 進行する世界的食糧不足を解決

世代の農業は膨大なコンピューティングパワーを必要とします。90億人の食を支えるために科学者たちが取り組んでいる農業プラクティスの変革に、スーパーコンピューティングとバイオインフォマティクスがどのように役立つかをご覧ください。

 

世界の食糧事情は深刻さを増しつつあります。国連の調査によると、世界人口は2050年までに90億人に達すると予想され、この膨大な人口を支えるために、世界的な食糧生産の大幅な増加が急務となっています。しかしながら気候変動や病害虫といったさまざまな課題が存在するなか、既存の農業技術と知識による食糧増産は限界に達しつつあります。事実、ミネソタ大学の調査によると、現時点において世界の作物生産は目標達成軌道に乗っているとは言い難い状況です。

こうした状況下で、科学者たちは課題を克服する希望を、ゲノミクスやバイオインフォマティクスによる農業革命、および新しいゲノム編集技術に見出しています。この革命は世界中の大学や研究センターで進行しており、その武器となっているのが強力なスーパーコンピューターと先進的な遺伝学技術です。

 

急増するゲノムデータを活用

進行する農業革命を支えているのが、動植物ゲノムに関するデータの爆発的増大と、バイオインフォマティクス (複雑な生物学データを解析する学問・技術) による広範なデータ分析です。アイオワ州立大学のゲノム研究機関であるGenome Informatics Facility (GIF) でリサーチサイエンティスト兼マネージャーを務めるAndrew Severin氏は、2001年にヒトゲノムプロジェクトにより実施されたヒトゲノムマッピングがバイオインフォマティクス時代の幕開けであったと指摘します。

「それ以降、生成されるデータ量は急増しました」とSeverin氏は述べています。「データの増加ペースは前年比約4倍に達しており、ゲノムシーケンシングにかかるコストが下がり続けている一方で、生成されるデータ量は増加の一途をたどっています」。

これらのデータは遺伝情報の宝庫であり、食糧の増産だけにとどまらず、人間の健康などのさまざまな用途での活用が期待されています。しかしながらSeverin氏が指摘するとおり、「生物学者や科学者の多くは、この膨大なデータを取り扱うのに必要な訓練を受けていません。こうしたデータを意味のある手法で処理および分析するべく新たに誕生した学問分野がバイオインフォマティクスです」。

バイオインフォマティクスによる、動植物ゲノムのシーケンシング、および個々の遺伝子や遺伝子変異が持つ遺伝的役割の特定には、膨大なコンピューティングパワーが必要とされます。Severin氏によると、GIFでこの処理を担っているコンピューティングインフラストラクチャが消費するCPU時間は月間100,000時間に達しており、これは60台のデュアルコアのノートパソコンを1ヶ月間、毎日、毎時間同時に実行するのと同等のCPU時間です。

この強力なコンピューティングパワーは、より多くのゲノムシーケンシングをより迅速に、またより低コストで実行できることを意味します。Severin氏が指摘するように、2001年当時は、メガベースと呼ばれるゲノムセグメントの一部分のシーケンシングに5,000ドルを要しました。現在ではこの処理に必要な費用はわずか数ペニーです。

 

食糧増産に向けて過去を未来に活かす

これらの新しい技術が世界の食糧増産にどのように役立つのかを理解するために、ここで農業の歴史を振り返ってみましょう。今日私たちの食糧となっている作物の多くは、数千年前には一般的に見られた野生種を品種改良したものです。そのため今日の栽培種と古代の野生種ではゲノムが異なります。

 

  • 「ゲノムシーケンシングにかかるコストが下がり続けている一方で、生成されるデータ量は増加の一途をたどっています」

    ANDREW SEVERIN氏 (GIF、リサーチサイエンティスト)

GIFに所属する科学者であるArun Seetharam氏は、次のように説明します。「作物のゲノムは、人間の役に立つように、長年にわたってさまざまに改良されてきました。トウモロコシを例に考えてみましょう。トウモロコシの穂軸はもともと非常に小さいものでしたが、私たちはより大きく、より多くの栄養素を提供するものとなるように、品種改良を重ねてきました」。

しかしながら、こうした品種改良はさまざまな問題も引き起こしてきました。Seetharam氏が指摘するとおり、現代の作物は古代の野生種に比べて遺伝的多様性が低く、少数の品種が広範囲にわたって栽培されているために、病害虫や気候変動の影響を受けやすくなっています。「多様性が乏しいために、環境のわずかな変化が作物に多大な影響を及ぼす恐れがあります。現代の栽培種は環境の変化を生き抜くために必要な遺伝子を失っており、野生種のように変化に適応することができません」。

同氏によると、この問題に対する1つの答えが、野生種のゲノムを分析して、「有用な働きを持つ遺伝子を特定し、昆虫や病原菌に強い野生種の形質を栽培種に取り込む」手法です。

遺伝子シーケンシングとバイオインフォマティクスの恩恵を得られるのは植物だけではありません。Severin氏の最近の主な研究分野は水産養殖です。魚類はトウモロコシなどの作物ほどは品種改良されていないため、古い野生種の遺伝子を探す必要はありません。その代わりに同氏は、魚を食料に適さないものに変える可能性がある遺伝的変異を突き止め、そうした遺伝子を取り除く研究をしています。

 

品種改良とCRISPR

こうした取り組みを実現するためには、まずは対象となる動植物の全ゲノム配列を明らかにして、各遺伝子がどのような働きをしているのかを特定したうえで、人間にとって有用なゲノム編集を行う必要があります。今日では、以前よりもはるかに高速かつ低コストで動植物ゲノムをマッピングできるため、より多くの個体のゲノム配列を解読することが可能となっています。科学者はこうした膨大なデータから有用な遺伝子変異を発見できます。

しかしながら遺伝子や遺伝子変異の機能を明らかにすることと、その情報を世界的な食糧増産につなげることはまったく別の問題です。  目標を達成するためには、有用な遺伝子変異を目的の動植物に確実に組み込む必要があります。

伝統的な品種改良はその方法の1つです。この場合、研究者は同じ有用な遺伝子変異を有する2つの個体を見つけて、その遺伝子変異を持つ子孫が生まれるように、それらの個体を掛け合わせます。このようにして有用な変異を受け継いだ系統が生み出されてきました。Severin氏は現在この技法を使用しています。

もう1つの方法は、CRISPRとして知られている技法です。CRISPRは、科学者が育種を行うことなく遺伝子を直接編集して動植物のゲノムを改良することを可能にします。有用な遺伝子を含んだ動植物のゲノムはその子孫に継承されます。

Severin氏は、この技法を活用すれば、魚のタンパク質含有量を増加させる遺伝子変異を特定して、その遺伝子を編集することで、その魚および子孫のタンパク質生産量を増加させて、より多くの人に食糧を提供できるようになると期待を寄せています。

 

小麦ゲノムの連結

この手法によりとりわけ大きな成果を達成しているのが、英国のゲノム研究機関であるEarlham Instituteです。同研究所では、人間や動植物の健康や世界の食糧安全保障を目的とした多種多様なプロジェクトが推進されています。Earlham Instituteは、次世代のゲノミクスやバイオインフォマティクスのエキスパートとして高い評価を得ており、世界中のさまざまな機関とも連携しています。

Earlham Instituteにおいてとりわけ重要なプロジェクトの1つが、さまざまな品種の小麦のゲノムをつなぎ合わせる試みです。Earlham Instituteが研究対象に小麦を選択したのは、全世界20億人以上の人々の主食であり、また他の商業作物よりも多くの地域で栽培されているという理由に依ります。害虫、干ばつ、高温などに強い品種を生み出して、小麦をより安価に、かつより安定的に生産できるようになれば、世界的な食糧不足の解決に向けた大きな第1歩となるはずです。Earlham Instituteでは、収量が高く環境の変化に適応しやすい、より丈夫で多様性に富んだ小麦を生み出すことに特に力を入れています。そのため、さまざまな小麦品種のDNA配列を特定するだけでなく、重要な遺伝子および遺伝子の組み合わせを特定し、その働きをモデル化する取り組みを進めています。

Earlham Instituteが研究対象に小麦を選択したのには、もう1つ別の理由があります。小麦のゲノムは非常に複雑で、一般的な商業作物よりも大きくヒトゲノムの5倍に相当するため、配列決定が難しく時間を要します。

Earlham Instituteで行われている取り組みは、ゲノム研究の飛躍的進歩にとって、コンピューティングパワーの増大がいかに重要であるかを実証する結果となっています。小麦ゲノムの組み立てに必要な作業は、6~12テラバイトのRAMを必要とします。かつて同研究所はこの処理を完了するのに約1ヶ月を要していました。処理をスピードアップするために、Earlham InstituteはSGI UV 300スーパーコンピュータープラットフォームを導入しました。これはライフサイエンス分野で最大のプラットフォームであり、世界最大規模のコンピューティング環境の1つです。

同研究所による小麦ゲノムの配列決定には、2台のSGI UVスーパーコンピューターが使用されました。その効果は目覚ましく、コードの実行速度が80%向上し、小麦ゲノムの組み立てに要する時間が4週間からわずか数日へと大幅に短縮されました。これは科学者が、小麦品種の改良に役立つ遺伝子をより迅速に特定し、収量が高く丈夫な品種をより短期間で生み出せるようになることを意味します。

英国ケンブリッジシャー州のRAGT Seeds社で分子育種を行っているChris Burt氏は、Eastern Daily Pressの取材に対して、小麦ゲノムをマッピングすることで、「遺伝子をより正確かつ効率よく特定し、農家と消費者にとって望ましい形質を組み合わせることが可能になります。私たちは正確な遺伝子操作により、優れた製パン特性と高い収量および耐病性を併せ持つ小麦を農家に提供することで、より安定した作物生産に貢献しています」と述べています。

Earlham Instituteはこうした技術を小麦以外の作物にも活用しており、なかでも注目されるのが、アフリカで数百万人もの人々の主食となっているシロギニアヤムのゲノムシーケンシングの支援です。同研究所のBenjamen White氏が述べているとおり、「シロギニアヤムのゲノムリソースを保有することは、ヤムイモの品種改良を進めるうえで極めて有益であり、西・中央アフリカの食糧安全保障を向上させるとともに、小規模農家の生活改善にも大きなメリットをもたらすことが期待されます」。

GIFのSeverin氏は、増え続ける世界人口に食糧を供給するうえで、GIFやEarlham Instituteで使用されているような高性能コンピューティングが大きな役割を果たすと確信しており、「世界の人々に食糧を供給し、飢餓を防ぐために、私たちはより効率的な手法による食糧増産に努める必要があります」と述べています。「そのための有効な手段となるのがバイオインフォマティクスとゲノミクスです。農業、水産養殖、および畜産が可能な土地が縮小するなか、今後は持続可能な農業、持続可能な水産養殖、および持続可能な畜産の重要性が増していくと予想されます。私は先進的な技術によってこうした課題を克服できると楽観視しています」。

 

世界的な食糧不足を解決: リーダーへの教訓

  • バイオインフォマティクスによる、動植物ゲノムのシーケンシング、および個々の遺伝子や遺伝子変異が持つ遺伝的役割の特定には、膨大なコンピューティングパワーが必要とされます。
  • 取り組みを成功へと導くには、まずは対象となる動植物の全ゲノム配列を明らかにして、各遺伝子がどのような働きをしているのかを特定したうえで、人間にとって有用なゲノム編集を行う必要があります。
  • ゲノムシーケンシングにかかるコストが下がり続けている一方で、生成されるデータ量は増加の一途をたどっています。
  • 現代の作物は古代の野生種に比べて遺伝的多様性に乏しく、病害虫や気候変動の影響を受けやすくなっています。

 

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