2022年3月18日
法曹界の未来にはデジタルトランスフォーメーションが不可欠
先進テクノロジーの導入に消極的な法律事務所は、時代に取り残されつつあります。
ある意味、法曹界はテクノロジーの進化をいち早く取り入れてきました。e-Discovery (電子文書の検索、レビュー、目録作成、相手方当事者への提出プロセス) は10年以上前に、関連ソフトウェアの幅広い導入につながりました。開示対象となる膨大な文書や物品を管理するうえで、これは欠かせないステップでした。連邦裁判所は2001年に、裁判記録へのオンラインアクセスを可能にするため、PACER (Public Access to Court Records) と呼ばれるサイトを立ち上げました。さらに翌年には連邦司法当局がCM/ECF (Case Management/Electronic Case Filing) システムの展開を開始し、連邦訴訟に関するすべての書類が電子的に提出されるようになりました。
では今なお多くの法律事務所が大量の書類であふれ、足かせとなるレガシーなシステムを使用しているのはなぜでしょうか。
その答えは、基本的な法務慣行にあると思われます。法律業務の遂行にあたっては、慎重さと抑制、顧客の秘密の保護、先例への依拠などが求められます。こうした理由から法律事務所では、スタッフと顧客の双方にメリットがあることが明らかな場合であっても、最新のテクノロジーの導入に後れを取りがちです。
パンデミックでさえ、法曹界全体に大きな変化をもたらしてはいません。クラウドコンピューティングに関する米国法曹協会の調査によると、Webベースのサービスを利用している法律事務所は60%にとどまり、2020年の59%からほとんど増加していません。さらにデータセキュリティのためにSSLを使用していると回答した法律事務所はわずか35%で、その他のセキュリティ対策の採用率はより低い結果となりました。
RJH Consulting社CEOのKrystal Champlin氏は、法律事務所の経営改善を支援する中で、テクノロジーの導入に対する抵抗にしばしば直面しています。同氏は役割の1つとして、テクノロジーが負担の軽減にいかに役立つかを顧客のスタッフや弁護士に示すことで、デジタルトランスフォーメーションを後押ししています。
「デジタルトランスフォーメーションは、一般のビジネスのように法律事務所を経営し、時間をより有効活用することを可能にします」とChamplin氏は言います。「法律事務所はトランスフォーメーションの計画および実施に直ちに着手する必要があります。さもなければ数年後には時代に取り残されてしまいます」。
競争力を維持することの重要さを考えれば、今後は法曹界でもデジタルトランスフォーメーションが進むと予想されます。
「顧客の期待は絶えず変化しています。顧客に時代遅れの会社と思われるようなことがあってはなりません」
JOHN JOY氏 FTI LAW社、共同設立者兼経営弁護士
パンデミックによるトランスフォーメーションの加速
COVID-19に伴い何百万人ものオフィスワーカーが在宅勤務を強いられた際、デジタルトランスフォーメーションをすでに進めていた企業は、そうでない企業に比べて、はるかにスムーズに状況に対応できました。一方でパンデミックは、これまで新たなツールの導入に消極的だった企業の変化を加速させる働きもしました。
「デジタルトランスフォーメーションに取り組むことなく、ゴールラインに到達することは到底不可能です」とフィリピンのPJS Law法律事務所の共同設立者であるReggie Jacinto-Barrientos氏は語ります。「私たちは約5年前にデジタルトランスフォーメーションに着手しました」と同氏は言います。ただし、パンデミックの発生により同氏が導入したツールがリモートワークに不可欠なものとなるまで、他のスタッフはツールの活用に消極的であったとも付け加えています。
「以前は、仕事量や事務的ミスの増加、プライベート時間の犠牲、燃え尽き症候群などが課題となっていました」とJacinto-Barrientos氏は振り返ります。「私たちは一旦立ち止まって、業務の改善に向けて何をすべきかを考える必要がありました。私たちは他社の取り組みを調査し、その結果をデジタルトランスフォーメーションへとつなげました」。
PJS社は、Zoomによるビデオ会議といった、2年前には目新しく戸惑う人も多かったものの今では当たり前のものとなったツールを導入することで、生産性を高めてワークライフバランスを改善し、パンデミックの間も事業をスムーズに継続できました。またクラウド上でのコラボレーションを可能にするソフトウェアも、業務の効率化とコストの削減に役立っています。
Jacinto-Barrientos氏はデジタルトランスフォーメーションに力を入れており、インクルーシブイノベーションを専門とするグローバルベンチャービルダーであるTalino Venture Labsと提携し、フィリピンの企業や政府機関のデジタルトランスフォーメーションを支援することを主な目的とするUNAWA社を設立しました。UNAWA社のSignSecureは、法的文書に電子署名を行うためのプラットフォームを提供するもので、PJS社のデジタルトランスフォーメーションに欠かせない存在です。
言うまでもなく、いかに優れたテクノロジーであっても、弁護士やスタッフが利用してくれなければ意味がありません。Jacinto-Barrientos氏は、成功の秘訣は「デジタルトランスフォーメーションと変更管理の組み合わせ」にあると考えています。
「私は早期導入者になってくれるスタッフを選択し、またフィードバックを得るためにも彼らの手を借りました」と同氏は振り返ります。これらのアンバサダーはチームメンバーに、彼らのインプットがデジタルトランスフォーメーションにわたって、会社の選択に影響を与えることを約束しました。
一例としてJacinto-Barrientos氏は、新しいテクノロジーの導入に不安を感じていた2つの部署について説明します。一方の部署では、リーダーがデジタルトランスフォーメーションに対して前向きになるようメンバーに働きかけた結果、ツールを利用してレポートを自動生成できるようになりました。もう一方の部署では抵抗が強く、業務管理に必要なデータの収集に、より一層の働きかけが必要でした。同氏は最終的に、こちらの部署についても、先進テクノロジーを導入するよう説得できました。
「今では彼らは満足しています」 と同氏は言います。「スタッフは皆活気に満ち、生き生きと働いています。重要なのはいずれの部署も変革に成功したということです」。
同氏の経験では、一般的にデジタルトランスフォーメーションの最初のステップは苦労が多く、その後にようやくワークフローの簡素化によるメリットが実感されます。「感謝の言葉が聞かれるのはそれからです」とJacinto-Barrientos氏は述べています。
デジタルネイティブな法律事務所の台頭
法曹界のデジタルトランスフォーメーションが進むにつれて、全く新しいタイプのモデルである、デジタルネイティブな法律事務所が台頭しつつあります。
その1つであるFTI Law社は、内部告発者の代理人を務めることを目的に2020年に設立された、テクノロジーベースのハイブリッドな法律事務所です。同社はマンハッタンにオフィスを構えていますが、顧客の多くは米国外に居住しています。
顧客が世界中に存在している同社にとって、「完全なデジタル化を実現しつつ、ニューヨークの法律事務所ならではのクオリティを提供することが大きな課題でした」 とFTI社の共同設立者兼経営弁護士のJohn Joy氏は述べています。「私たちはお客様が世界中のどこからでも、当社が提供するすべてのサービスを利用できるようにすることを目指しています」。
世界中の顧客と協力して米国政府に不正行為を通報することを主な事業としている同社は、顧客の身元を保護するために、費用対効果の高いセキュアな通信手段を必要としていました。「内部告発者の中でも、匿名性やプライバシーに特に敏感なのが、企業犯罪を告発する人々です」とJoy氏は言います。
デジタルファーストの企業を設立するにあたり、同社が基本的原則として何よりも重視したのが、品質および顧客エクスペリエンスです。「適切なソフトウェアを導入するだけでは、高品質のデジタル法律事務所は実現できません」とJoy氏は述べています。「当社のデジタル戦略において大きな役割を果たしたのが、顧客層を把握するための市場調査です」。調査の結果、利用のしやすさと高度なセキュリティが、潜在顧客が求めている2つの重要な要素であることが判明しました。「中でも重要なのがセキュリティでした」と同氏は言います。「すべてがセキュアで暗号化されていることが求められていました」。そのため同社はセキュリティに対してゼロトラストアプローチを採用し、Webサイトの編集といった作業に至るまで、あらゆるインタラクションにtwo-factorセキュリティと認証アプリケーションを使用しています。
遠隔地の顧客を惹きつけ、サービスを提供するうえで、FTI社が重視しているもう1つの側面がプレゼンテーションです。そのため同社は、高性能のマイク、照明設備、インターネット接続など、高品質なビデオ会議を支えるインフラストラクチャにも投資しています。顧客とのミーティングをすべてバーチャルで行う場合、プロフェッショナルなビデオとオーディオが不可欠です。顧客とのミーティング用にオフィスのワンフロアを確保し、大理石とガラスに囲まれた見晴らしの良いスペースを提供している、他の多くのニューヨークの法律事務所とは異なり、FTI社はビデオスクリーンを通してその信頼性をアピールしなければなりません。さらに顧客はビデオ会議の品質を他のメディアと比較して評価する、とJoy氏は指摘します。顧客に強い印象を与え、信頼を勝ち取りたいのであれば、法律事務所はビデオ会議の品質が大手テレビ局と比較されていることを認識しなければなりません。
企業のリモートワークを支えるテクノロジーはコスト削減にも寄与します。今や弁護士らは、これまで国際宅配便でやり取りしてきた書類に、デジタル形式で署名できます。「このような非常に低コストの基盤がなければ、私たちが会社を設立することは不可能だったでしょう」とJoy氏は言います。「10年前には、異なる場所にいるリモートワーカーによる業務の遂行は考えられませんでした」。
とは言え、FTI社のデジタルモデルの最大の推進要因はコスト削減ではありません。「私たちにとって最も重要なのは、お客様の大半が米国外におり、当社のオフィスに来ることが不可能であるという事実でした」とJoyは言います。「そういう意味で、デジタルに注力する以外の選択肢はありませんでした。そしてニューヨークの法律事務所に足を踏み入れた人々が感じるクオリティを、デジタルで提供することが課題となりました」。
法務スタッフの抵抗を克服して満足度を向上
McGrath氏は顧客へのコンサルティングにあたり「紙や郵便物にどれだけの経費がかかっているかを考えてみてください。1件あたりの金額はわずかでも、その総額は大きな負担となっているはずです」と助言しています。また同氏は、自動化が可能な作業のために人を雇うと、余分な時間と費用がかかるにもかかわらず、多くの法律事務所でこうしたやり方が慣習的に続けられていると指摘します。
しかしながら、デジタルトランスフォーメーションを最終的に後押しするのは顧客の期待です。McGrath氏は、将来自動化が進んで、弁護士がボタンを押して簡単なチェックをするだけで書簡を作成することが可能になると、書簡の作成に2時間分の料金を請求されることに顧客が反発するようになるだろうと予測します。「トランスフォーメーションは企業に多くの価値をもたらし、その価値は顧客にも波及します」とCulhane Meadows社のCIO兼経営パートナーのKim Verska氏は述べています。
言うまでもなく、法律事務所にとってデジタルトランスフォーメーションは目的そのものではなく、目的に到達するための手段です。「顧客の期待は絶えず変化しています」とJoy氏は指摘します。「顧客に時代遅れの会社と思われるようなことがあってはなりません」。
リーダーのためのアドバイス
- デジタルトランスフォーメーションにスタッフを参加させることは、テクノロジーの選択と同じくらい重要です。
- 新しいテクノロジーを導入する際は、幅広く賛同を得られるように、各部署内のインフルエンサーを活用します。
- これからの法律業務にはデジタルが欠かせません。デジタルトランスフォーメーションによるコストの削減や利便性向上に対する顧客の要求は高まる一方です。
この記事/コンテンツは、記載されている特定の著者によって書かれたものであり、必ずしもヒューレット・パッカード エンタープライズの見解を反映しているわけではありません。

Laura McCamy
フリーランスライター、4件の記事
Laura McCamyはサンフランシスコのベイエリアを拠点とするフリーランスのライターで、Business Insider、GreenBiz、New America Media、Momentum Magazine、地域のニュース出版物などに寄稿しています。また非営利団体や企業と協力して、人々の士気や意欲を高める魅力的なストーリーを作成しています。
enterprise.nxt
ITプロフェッショナルの皆様へ価値あるインサイトをご提供する Enterprise.nxt へようこそ。
ハイブリッド IT、エッジコンピューティング、データセンター変革、新しいコンピューティングパラダイムに関する分析、リサーチ、実践的アドバイスを業界の第一人者からご提供します。
その他の記事を読む