AIとビッグデータによる創薬の迅速化

新薬の開発には平均で25億ドル超のコストと15年を超える時間がかかりますが、一部では人工知能 (AI)、クラウドコンピューティング、モノのインターネット (IoT)、ハイパフォーマンスコンピューティング、およびビッグデータを活用することでコストと時間を削減できると言われています。

現在のところ、創薬のプロセスは膨大な時間とコストがかかるうえ、当て推量で行われている部分もあるため、候補となった化合物のうち、研究、試験、審査を経てアメリカ食品医薬品局 (FDA) の承認を受け、大規模生産に至る割合は、わずか数千分の1にとどまっています。1つの薬剤を開発するには驚くほどのコストがかかり、Tufts Center for the Study of Drug Developmentが実施した調査では、その額が25億ドルを超えていることがわかりました。また、さらに高額なコストがかかるとする調査結果もあり、その額は40億ドルから110億ドルにも達すると見積もられています。

そしてこうした状況は、改善されるどころか悪化の一途をたどっています。テクノロジーや科学の分野は当然のように効率化とコスト削減の方向へと向かっている、という考え方に私たちの誰もが慣れてしまっており、その典型的な例として、コンピューティング性能は約18か月ごとに2倍になるという主張を基本とするムーアの法則が挙げられますが、創薬に関しては逆の現象が起きているように思われます。

これについて、Hewlett Packard EnterpriseのチーフテクノロジストであるAlex Madamaは、次のように述べています。「創薬に関しては、イールームの法則と呼ばれるムーアの法則とはまったく逆の概念が存在し、承認サイクルを経て生産に至る薬剤の数が9年ごとに半減すると言われています」

安全性と承認のガイドラインの厳格化など、こうした状況に陥った理由はさまざまですが、製薬業界はこの問題に頭を悩ませてきました。またこれは、製薬業界だけでなく、病状の改善に役立つ可能性がある新薬に期待を寄せている患者にも影響を与えています。

 

AI、クラウドコンピューティング、IoT、およびビッグデータの登場

製薬業界は、コンピューティング (特にAI、クラウドコンピューティング、IoT、ビッグデータ) の発展によってこうした状況が一変することを期待しており、明るい兆しは見えるものの、現時点ではそうした変化が確実に起きるとは言えません。

これについて、Accenture社で北米地域のライフサイエンスおよびAccelerated R&Dサービス担当シニアマネージングディレクターを務めるKevin Julian氏は、次のように述べています。「ここ数年で業界にこの種のテクノロジーが導入される状況を目の当たりにしてきましたが、それによってすでに変化が起きています。たとえば、クラウドはほぼ例外なく受け入れられて導入が進み、多くの企業が研究開発業務のかなりの部分をクラウドに移行しました。」

テクノロジーは、初期の研究から臨床試験に至るまでの新薬開発の一連のプロセスのすべての段階で、開発の時間を短縮してコストを削減するために活用されています。こうしたプロセスは、研究者が効果のある薬剤になる可能性がある化合物の候補を特定する、創薬段階と呼ばれるものが起点となりますが、この段階では伝統的に、Madamaが「当て推量」と称する、相当数の試行錯誤が研究室で繰り返されています。そしてMadamaは、最初に効果があるとみなされた化合物のうち、最終的にFDAの承認を得て薬剤となり、生産と販売に至る割合はわずか1万分の1であると見積もっています。このように、新薬の開発には膨大な時間とコストがかかります。

ビッグデータ分析とその関連テクノロジーは、こうしたプロセスの改善に役立つ可能性があります。その方法の1つとして、これらのテクノロジーは、科学者がこれまで研究してきた既存の薬剤、または化合物に対するレトロスペクティブ分析を行い、当初とは異なる目的を特定できるようサポートすることでプロセスの改善に貢献します。これについてはたとえば、当初血圧の薬として開発されたロゲインは最終的に育毛効果があることがわかり、現在では育毛を促進する目的で処方されています。データ分析を活用すれば、当初別の目的で研究されていた化合物の別の用途を見出すまでの時間を短縮できます。

この段階では、別の方法でもコンピューティングテクノロジーを活用できます。多くの薬剤は抗体、つまり特殊な方法で抗原と呼ばれるバクテリアやウイルスなどの疾病の原因に結合することで機能する巨大タンパク質です。この結合部位とタンパク質は、完全に適合しなければならない非常に複雑な形状で構成されているため、研究室で数千の薬剤をテストしてそれらが抗原に適切に結合するかどうかを確認するには、膨大な時間と作業が必要になる場合があります。しかしこれについて、Madamaは次のように述べています。「コンピューティング性能を活用すれば、結合部位とタンパク質の折りたたみ過程のシミュレーションを行って、それらが適切に結合するかどうかを確認できます。コンピューターなら、研究室で人が行う場合と比較して数百万倍の速度でこうした分析を実行することが可能です」

Julian氏は、この段階で最終的にAIも役に立つと考えていると付け加えたうえで、次のように述べています。「AIを活用して膨大な遺伝子データを調べれば、特定のDNA配列と疾病の相関関係を明らかにし、その情報を効果が得られる可能性のある薬剤の特定に役立てることができます」

そしてそれを行えば、「AIを使用して電子医療記録のデータを調べることで候補となった薬剤のターゲット層を見極められるうえ、業界は非常に短期間で薬剤を開発して試験を行い、はるかに迅速に市場に投入することが可能になる」と同氏は付け加えています。

 

より質の高い臨床試験の実施

最も有望な薬剤が特定されると、時間とコストがかかるうえに複雑で管理の難しい、複数段階の臨床試験が行われますが、データ分析、IoT、およびクラウドコンピューティングは、この部分ですでにさまざまなメリットをもたらしており、そのメリットは今後さらに増えると見込まれています。

臨床試験では、薬剤が効いているのかどうか、どれだけ効果があるのか、どのような副作用があるのかといったことについて、できる限り多くのデータを収集します。昔から臨床試験では、患者が定期的に診療所を訪ねてバイタルサインの測定、採血、血液の分析などを行ってもらっています。また患者は、こうした情報の一部を自己申告することも可能ですが、いずれの場合でもかなりの時間がかかるうえ、常に膨大なデータを得られるわけではありません。

ただし、装着型や埋め込み型のIoTデバイスを使用すれば、週に1回だけの簡単な情報ではなく、膨大な情報を収集して定期的かつ継続的に最新情報を入手できます。また、センサーやデバイスで自動的にデータを収集し、そのデータを研究者に送信することも可能です。

これに関しては複数のメリットがあると考えられ、臨床試験のごく初期の段階で適切な投薬量だけでなく潜在的な毒性まで特定することができます。また、それ以降の段階でもデータに基づいて薬剤の効果や潜在的な副作用をより的確に見極めることが可能になりますが、これについてMadamaは「収集できるデータが増えれば、臨床試験の効果が高まる」と述べています。

もちろん、こうしたデータには保存方法や分析方法などの問題もありますが、ここで効果を発揮するのがクラウドコンピューティングとデータ分析です。クラウドを導入すれば、膨大な数の安価なストレージを利用できるうえ、研究者はデータ分析を実行するのに必要なハイパフォーマンスコンピューティングに低コストでアクセスすることが可能です。

臨床試験を行うには多額のコストがかかるだけでなく、複数の場所の多くの人員が連携して適切なタイミングで特定のデータにアクセスしなければなりませんが、多くの企業がこうした問題に直面しています。これに関しても、クラウドは臨床試験を行う研究者に企業が求めているのと同じようなメリット (コストのかからないより緊密なコラボレーションや全体的な生産性と効率の向上) をもたらします。

臨床試験用のクラウドプラットフォームを提供するMedidata Solutions社の共同創設者兼CEOであるTarek Sherif氏は、クラウドを導入すれば、このような理由から臨床試験のコストと時間が削減されて大きな見返りが得られると述べるとともに、BBCに対して「ある顧客の臨床試験のコストを約30%削減することに成功した」と語っています。またJulian氏もBBCに対して、クラウドを使用することにより、「多大な労力を必要とする従来の創薬プロセスの多くの部分で全体的なコストが50% (場合によっては最大75%) 削減された」と語っています。

 

聖杯を探し求めて

これらはどれも素晴らしいことですが、多くの研究者は、コンピューティング性能が向上して機械学習やAIが大きく進化し、膨大な追加データが収集される中で、こうしたメリットを何倍にも高められるようになることを望んでいます。そして最終的には、コンピューターを使用して亜原子レベルに至るまでのヒト細胞の機能をシミュレーションするという、聖杯と呼ばれることもある究極の目標を達成したいと考えていますが、研究者はこれにより、さまざまな生体化合物が人体でどのように作用するのかをシミュレーションし、臨床試験で薬剤を見極めるのに必要な時間とコストを大幅に削減できます。

すぐにではないにせよ、Madamaはこれが実行可能であると考えています。

そしてこれについてMadamaは、次のように述べています。「今後5年以内に細胞内の小器官のモデル化を開始し、おそらくは10年以内に亜原子レベルに至るまでの細胞全体をモデル化することが可能になると考えています。これは業界にとって大きな革命となるでしょう。そしてこれが可能になれば、有機体のすべてをモデル化できるようになるかもしれません」

またMadamaは、これが実現すれば「臨床実験前の段階が5~6年から1年未満にまで短縮され、各薬剤の創薬プロセスのコストが10億~20億ドル削減される可能性がある」と述べています。

こうした目標を達成するのは容易ではありませんが、Madamaは「それが可能になるという希望を持っている」と語っています。

そして実際にそうなれば、薬剤のコストが削減されてより迅速な提供が可能になるだけでなく、多くの患者が今では考えられないような新しい治療を受けられるようになるかもしれません。

 

AIとビッグデータによる創薬の迅速化: リーダーのためのアドバイス

  • 現在の創薬のプロセスは、時間とコストがかかります。
  • 最先端のテクノロジーを組み合わせることにより、創薬の未来が形作られます。
  • ハードウェアの処理能力が向上すれば、臨床実験に移行する前に薬剤のさらなる進歩をモデル化できるようになります。

この記事/コンテンツは、記載されている特定の著者によって書かれたものであり、必ずしもHewlett Packard Enterpriseの見解を反映しているとは限りません。

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