2019年10月4日
ブラックホール科学の次のステップ: 「動画」を作る
機械学習と、世界中に配置された望遠鏡からの大量のデータを使用することで、重力の理論を新しい方法でテストできます。
これまでは観測不可能だと考えられていたものの画像が初めて明らかにされた時、科学者は息をのみ、世界中の人が驚きとともにまずその写真を、次に空を眺めました。
メシエ87と呼ばれる銀河で地球から約5500万光年離れたブラックホールの画像 (不気味な光の輪) が最初に捉えられたとき、人々は魅了され、科学と、無限とも思われる自然の力に対する好奇心を刺激されました。
1つの画像がこれほど世界中の関心を集めることができるとしたら、ブラックホールの波打つような、明暗を繰り返す環状のプラズマを動画に収めたらどのような騒ぎになるでしょうか?
それが明らかになるのはそれほど先の話ではなさそうです。
物理学者、宇宙物理学者、アメリカ国立科学財団フェロー、Lia Medeiros氏
クレジット: アリゾナ大学
物理学者、宇宙物理学者であり、アメリカ国立科学財団フェローであるLia Medeiros氏は、最初のブラックホールの画像を捉えるために必要なデータを科学者に提供したグローバルな望遠鏡群であるイベントホライズン望遠鏡からのデータを使用して、ブラックホールの動画の一種を作ろうとしています。子供のころに作ったパラパラ漫画の、非常にハイテクな、少しSFめいたバージョンを想像してみてください。Medeiros氏は互いに少しずつ異なる画像を作り、それを1つにまとめて、ブラックホールの動きが分かるようにしようとしています。対象は、地球にずっと近いブラックホールです。
そして、Medeiros氏はこの作業に機械学習を使おうとしています。
Medeiros氏は、イベントホライズン望遠鏡のプロジェクトに参加し、おとめ座の巨大な楕円形の銀河であるメシエ87 (M87) の最初のブラックホールの画像を作成した多くの科学者の1人です。太陽の60億倍以上というその巨大なブラックホールは、内部のあらゆるものに対して、さらには外縁の近くにまで、膨大な引力を働かせています。その境界線内では、その途方もない重力から逃れられるものはありません。
しかし、彼女の研究で現在注目されているのは、私たちの銀河の中心にあるいて座A* (Sgr A*) という超巨大なブラックホールに関するものです。地球から2万6000光年離れたこのブラックホールの外縁の半径は約790万マイルで、太陽の直径の約18倍にもなります。とても大きいのです。そして、何百人という科学者が、すべてのキャリアを費やしてこれを研究してきました。もうすぐこのブラックホールの動画に近いものを見ることができるかもしれません。これらすべてを考え合わせると、Sgr A*は、科学者が重力の理論に対して行おうとしているテストにとって重要な存在となるでしょう。
4月の上旬に初めてのブラックホールの画像が発表される約1か月前、サンタバーバラのカリフォルニア大学でブラックホールに焦点を当てた博士論文を提出したMedeiros氏は、イベントホライズンチームに現在約4年間参加して、M87とSgr A*を研究しています。現在、Medeiros氏は主にSgr A*の「動画」を作ることに焦点を当てています。
イベントホライズン望遠鏡群は、M87とSgr A*に対する12時間の観測によってデータを収集しています。M87は観測されている他のブラックホールよりもずっと大きいため、画像が変化する時間枠もずっと長くなります。そのため、科学者たちは、その12時間中に取得されたデータまたは画像にほとんど変化を見出すことができませんでした。Sgr A*は別の問題です。観測する12時間の時間枠で、画像は大きく変化します。観測された光を発する区域は変動し、明るさや形が変化していました。ブラックホールの周りを渦巻くプラズマが回転しているためです。
「Sgr A*の画像は、私たちが画像を再構築するために十分なデータを収集するのにかかる時間よりも早く変化します」とMedeiros氏は言います。
その動きこそ、Medeiros氏が捉えたいものです。
「時系列で見る画像は、信じられないほどすばらしいものになるでしょう。それは、Sgr A*や他の多くのブラックホールで観測されている変動性を引き起こす原因を理解する助けとなるはずです」とMedeiros氏は言います。「Sgr A*では、非常に大きなフレアが観測されています。これらの事象を引き起こす原因に関しては、まだ分からないことがたくさんあります。観測中の時間の経過によってブラックホールの画像がどのように変化するかを研究することで、そのようなフレアが起こる原因を理解したいと考えています」
アリゾナ大学天文学部およびスチュワード天文台のアシスタント天文学者、Chi-Kwan Chan氏
クレジット: アリゾナ大学
アリゾナ大学天文学部およびスチュワード天文台のアシスタント天文学者であるChi-Kwan Chan氏は、多くの科学者がブラックホールの変動性 (明暗を繰り返す光) を理解したいと考えており、動画がそのための助けになることを期待していると話しています。「下に落ち込むようなプラズマによって形成されるブラックホールの降着円盤は変動性が非常に高いため、静止画像では完全に理解することはできません」とChan氏は言います。「動画を見ることで、何が起きているかを理解しやすくなるでしょう」
動画で一流の理論をテスト可能
ブラックホールの動画によって、ブラックホールそのものよりもはるかに多くのことを理解できる可能性があります。
Medeiros氏の仕事は、宇宙の仕組みをより深く理解するための助けとなるかもしれません。重力についての考えを変えてしまう可能性すらあります。そうです。これらの重力の怪物の時系列に並べられた画像を分析することで、重力について小学校で習ったことをすべてやり直さなければならないかもしれないのです。20世紀の物理学における大きな実績の1つであるアインシュタインの相対性理論について分かっていることすべてを実験するための完璧な試験台として、ブラックホールを考えてみてください。
科学者は基本的に、重力について私たちが知っていること、もしくは知っていると考えていることを伝えているアインシュタインの理論である一般相対性理論と、宇宙で最も強力な重力を対抗させるでしょう。これらの新しいブラックホールの観測結果と、ブラックホールの数学的モデルに基づく予測を比較するのです。そして、外縁で一般相対性理論が完全には通用しないとしたら、その時は理論を見直す必要があります。
また、Medeiros氏の仕事は、現役の一流物理学者にとってもまだ非常に謎めいた学問である量子力学が、重力の理論とどのように相互作用するかも伝えてくれる可能性があります。
量子力学は予測不能と思われる原子以下の粒子の世界を支配し、一般相対性理論はブラックホールほどの巨大な規模までの重力を説明すると考えられています。両方とも優れた理論で、これまで科学者が実施したあらゆる実験に耐えています。ただし、2つの理論を一緒に考え合わせると、うまくいかないこともあります。科学者は、これらの理論をより極端な条件でテストする必要があります。ブラックホールは完璧な試験台となります。
ブラックホールの動画を作ることは、科学におけるゲームチェンジャーとなる可能性があります。ブラックホールは、その存在を説明するために両方の理論を必要とする、ある種の物体の1つであるためです。簡単に言えば、ブラックホールは量子と重力の交差点に存在するのです。ブラックホールの動画は、ブラックホールが予測通りに振る舞うかどうかを知るための情報を提供することになり、2つの主要な理論の複雑な交わりを理解するための助けとなります。
「私たちは (相対性理論と量子力学の理論を) 一緒に考えることができていません」とMedeiros氏は言います。「ブラックホールはとんでもなく巨大であると同時にとんでもなく小さいので、理解するために両方の理論を必要とする宇宙で数少ないものの1つです。ブラックホールは2つの理論の両極端にあります。何か予測していなかったものが観測された場合、2つの理論の両方または片方が破綻している可能性があります。ニュートンやアインシュタインが間違っていたということではありませんが、彼らが提唱した方程式は単純化されています。極端な状況では理論が通用しない可能性もあります。方程式は完全ではないかもしれないのです」
Medeiros氏はこう続けます。「何か予測していなかったものが観測されれば、すべてが変わる可能性があります。私たちの予測とは異なる振る舞いをする何かを見つけた場合、宇宙をより正確に説明するまたとないチャンスとなります」
初めてのブラックホールの動画を作ることはMedeiros氏にとって心が躍ることですが、科学的な疑問に対する答えを得ることのほうがよりわくわくすることです。Medeiros氏は高校2年生のとき、先生がブラックホールや重力、時空について話してくれた際に物理学者になることを決めました。Medeiros氏は想像力を掻き立てられ、先生にも答えきれないほどの質問をしました。
「ブラックホールや重力、そしてそれらが時間にどのように作用するかは、十代の私を魅了しました。これらの疑問を勉強するために、大学で何ができるかを先生に尋ねました」とMedeiros氏は言います。「先生は『物理学か天文学だ』と言われました。私は『分かりました! 両方やります』と答えました。
サブミリ波望遠鏡 (アリゾナ州グラハム山)
クレジット: アリゾナ大学
動画を作る方法
Sgr A*が地球から2万6000光年離れているのなら、Medeiros氏は正確にはどのように動画を作るのでしょうか?
ここで、機械学習と世界中に配置された望遠鏡からの大量のデータが役立ちます。
最初の動画、または実際には時系列に並べた画像を作るために、Medeiros氏はイベントホライズン望遠鏡群によって収集された膨大な量のデータを使用します。最初のブラックホールの画像を作るために使用されたデータと同様のデータです。望遠鏡群は、ブラックホールの実際の画像を捉えているわけではありません。ブラックホールの輪状のシルエットが発する電波に関するペタバイト単位の未加工データを収集しているのです。
Medeiros氏は、アメリカ国立科学財団とアリゾナ大学が共同出資した高性能システムであるEl Gato (Extremely LarGe Advanced TechnOlogy) コンピュータークラスターを使用します。このシステムは、Nvidia K20X GPUやIntel Xeon Phi 5110pプロセッサーなどの特別に設計されたハードウェアを使用して、大量のデータを数学的に1枚の画像に、Medeiros氏の場合は複数の画像に変換します。
「私たちはシミュレーションを作成し、そのシミュレーションをアルゴリズムのトレーニングセットとして使用して時系列の画像を作成します」とMedeiros氏は説明します。「動画は時系列の画像です。ブラックホールの画像が時間の経過に応じてどのように変化するかを確認したいのです」
問題の1つは、取得するデータが完全ではないことです。不足している情報が多数あります。完全な画像を作成するには、不足しているデータを補う必要があります。
Medeiros氏に必要なのは、データセットとシミュレーションを与えることでトレーニングでき、不足した情報を補って時系列の画像を作ることを可能にするスマートなアルゴリズムです。
つまり、必要なのは機械学習です。
Medeiros氏は、主成分分析 (PCA) に基づいてアルゴリズムを書いています。これは、多数の変数をその中の大部分の情報を含む少数の変数に削減することで、複雑なデータを分析、もしくは表現する手法です。多くの機械学習アプリケーションの基礎となっている代数演算であるPCAは、データを主要な構成要素にまで削減するということもできます。PCAはデータ分析および予測ツールとして、遺伝研究と財務の分野で頻繁に使用されます。
Medeiros氏はブラックホールの動画作成のために、そのPCA代数演算を作成中のアルゴリズムに追加しようとしています。これにより、与えられるデータから学習するスマートなアルゴリズムとなります。
「これをトレーニングセットに適用することで、10枚から20枚の画像を取得できるはずです」とMedeiros氏は説明します。「トレーニングセットを使用して、ブラックホールの正確な姿の基礎的要素となる画像を特定できます。これらの基礎的要素によって、アルゴリズムを使用して、データが不足している部分を補う画像を作成できます。
ブラックホールの最初の画像を作成するために、科学者たちはアルゴリズムに与える、望遠鏡による12時間の観測データを必要としました。そのアルゴリズムは、機械学習を使用していませんでした。機械学習を使用することで、Medeiros氏は同じ量のデータから時系列の複数の画像を作成できます。
世界に最初のブラックホールの画像を届けるMedeiros氏のアルゴリズムの実際の計算式は、数行のコードにすぎません。制限があるため、Medeiros氏はすでにブラックホールのデータセットを実行しているかどうかは話せませんでした。
「PCAを使用しなければ、どのように取り組めばいいか分かりません」とMedeiros氏は言います。「このアルゴリズムがなければ、おそらく動画を作成しようともしていないでしょう」
研究者として、Medeiros氏は自身の長年にわたる好奇心と数学および科学への献身、宇宙の巨大な部分と小さな部分への理解を1つにしようとしています。「人間は、宇宙に漂う小さな点の上に生きる別の小さな点です。人間は自分たちが暮らす宇宙を理解するために言語、つまり数学を創り出しました」とMedeiros氏は言います。「この考えは、常に私を勇気づけてくれます」
この記事/コンテンツは、記載されている個人の著者が執筆したものであり、必ずしもヒューレット・パッカード エンタープライズの見解を反映しているわけではありません。

Sharon Gaudin
フリーの寄稿者、5件の記事
Sharon Gaudin氏はベテランのテクノロジージャーナリストであり、Computerworld、InformationWeek、Datamationなどで記事を執筆してきました。クラウド、セキュリティ、ソーシャルネットワーキングから、ソフトウェア開発、ロボティクス、人工知能、ハードウェアまで、幅広く執筆しています。最近は、犬と「取ってこい」をして遊び、夕飯を作ってくれるロボットを待ち望んでいます。
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