2022年3月18日
AIは社会にとって有益か、各種調査結果から考える
AIをどの程度肯定的に捉えていますか。AIに対する意識は、このテクノロジーに何ができると考えているかに大きく左右されます。
人工知能の父として知られるマービン・ミンスキー博士は、いずれはロボットが地球の支配者になると考えていました。博士はまた、コンピューターが完全な支配権を手に入れたら、ペットとして人類の存続を許すことはあっても、支配権を手放すことは決してないだろうと予言しています。
これには多分にジョークが含まれていると思われますが、ミンスキー博士の発言には、思考機械が日常生活に影響を及ぼすことに対する人々の根強い懸念が反映されています。ここ数年でAIに対する人々の意識は急速に変化しています。そしてこのテクノロジーに対する人々の感じ方は、その人が住んでいる地域や、AIに何ができると考えているかに大きく影響されます。
「結局のところ根底にあるのは人に対する考え方の違いです。機械やAIシステムよりも人間の意思決定を信頼していますか」
HANDE SAHIN-BAHCECI
HPEのAI、データ、およびセキュリティサービス担当ワールドワイドマーケティングディレクタ
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意識調査において最も顕著なのが地理的な差異です。2020年のPew Research Centerの調査では、AIに対する考え方に大きな地域差があることが判明しました。例えば、アジアの人々は欧米の人々に比べて、このテクノロジーに対してはるかに肯定的な見方をしています。AIを肯定的に捉えている人の割合が、東アジア諸国では回答者の3分の2に上ったのに対して、西ヨーロッパでは半数にも達していません。
米国では、AIの発展を肯定的に捉えている人が47%、否定的に捉えている人が44%とほぼ半々で拮抗しており、これは調査誤差の範囲内です。米国の調査対象者1,502人のうち、ちょうど半数が、特定の仕事を担ってきた人間をロボットに置き換えることを良くないことと考えています。
142カ国の15万人以上を対象にオックスフォード大学が行った調査でも同様の結果が出ており、中南米および北米の人々が最もリスクを感じていることが判明しました。
このオックスフォード大学の調査で、特に注目されるのが中国の結果です。中国は地球上で最も監視が厳しい国として知られており、約6億台ものAI搭載CCTVカメラが、公共の場でパジャマを着ている人を辱めるためなどに使われているにもかかわらず、AIを有害と見なしている人はわずか9%です。
こうした地域差の原因については専門家も推測するしかありませんが、研究者のChristos A. Makridis氏は、これらの調査で示された文化的差異を重視しすぎてはならないと警告しています。
アリゾナ州立大学の研究教授で、スタンフォード大学デジタルエコノミーラボのデジタルフェローでもあるMakridis氏は、「多数の国にわたる人々の意識比較調査には、非常に多くの交絡因子が影響するため、信頼性に欠ける」と述べています。同氏が指摘するように、同一集団の経時的変化の方が正確な情報を得られますが、残念ながらそのような長期的調査はそれほど行われていません。
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これらの調査では、性別、年齢、および教育程度の違いによる一貫した差異も示されています。男性、若年層、およびテクノロジーに慣れ親しんでいる人は、AIや自動化に対して肯定的な傾向があります。
当然のことながら人々の考え方は、ロボットが自分の職を奪う可能性があると思うかどうかに大きく影響されます。オックスフォード大学の調査では、企業経営者や政府関係者の47%がAIは社会にとって有益であると考えているのに対して、建設業やサービス業の労働者ではその割合が35%に低下します。Pewの調査で67%がAIに肯定的であったインドでさえ、仕事の自動化を良いことと考える人は半数以下にとどまっています。
ブルッキングス研究所が2018年6月に行った調査では、米国人の52%が、30年後には人間の活動の大半をロボットが担うようになると考えており、61%がそのことを否定的に捉えています。家を掃除してくれるロボットに興味があると答えたのは5人に1人にとどまっており、警備や高齢者介護のためのロボットを歓迎する人はより少数派です。その一方で60%以上の人が、機械に支配されることを特に心配していないと回答しています。
ブルッキングス研究所のガバナンス研究担当ディレクターであるDarrell M. West氏は、「人々はロボットについてどのように考えるべきか、また人間の労働者にとってどれほどの脅威になり得るかを、まだ探っている段階です」と述べています。「人々は生産性の向上については評価しつつも、そのことが自分に及ぼす影響を懸念しています。ロボット化についての知識が深まるにつれて、世論も変化していくと思われます」。
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結局のところ、AIや自動化についてどのように感じるかは、人々が機械に何を望んでいるかに帰着します。英国の男女100人を対象に実施されたある調査では、理論上はAIが人間に取って代わり得る42の活動について、それらの活動にAIがどの程度の能力を発揮すると思うか、またそのことをどの程度歓迎するかを尋ねています。
チェスター大学の実験心理学者で、この調査を企画したAstrid Schepman氏は、「一般的に人々は、人間よりも機械の方が得意と思われること、例えば大量のデータ処理などを機械に委ねることには安心感を持つ一方で、より「人間的」な活動を機械に委ねることには懸念を抱きやすい」と述べています。
例えば調査回答者の多くが、他の惑星の生命体を探索すること (87%)、人間の呼気中の臭気を分析して病気を発見すること (84%)、美術品の贋作を見抜くこと (71%) などにAIを活用することについては肯定的に捉えています。
その一方で、俳優、スポーツ選手、医者、テレビのニュースキャスターなどがテクノロジーに取って代わられることには、大きな抵抗感があるようです。回答者の5人に4人はロボットを主治医として選択せず、86%は会話を聞いて人間関係の破綻を予測するようなバーチャルアシスタントを望んでいません。
「人々は、大規模なデータセットからパターンを検出するといった、人間が苦手な処理をAIに委ねることには前向きです」とSchepman氏は指摘します。「その一方で、人間の共感力、感情、理解力などが必要と通常考えられている繊細な業務をAIに委ねることには非常に懐疑的です」。
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欧米諸国の人々の多くがAIに対して否定的なのは、人気のメディアに起因するところが大きいと思われます。人間を殺しに来たり奴隷にしたりするロボットは、ハリウッドでおなじみのテーマです。ビル・ゲイツ氏、イーロン・マスク氏、スティーヴン・ホーキング博士のような著名人が、AIの暴走の危険性について厳しく警告していることも、そうした認識に拍車をかけています。
「メディアや著名人は、先進的なテクノロジーやAIに対するイメージを利用して民衆の恐怖や不安をあおり、誤解を招くストーリーを生み出すことで、社会に大きな損失を与えている」と、ポジティブな社会変革のためにテクノロジーの活用を推奨している非営利団体であるAI for Goodの共同設立者兼CEOのJames Hodson氏は主張しています。
AIに関するニュースを調査した結果、全体として中立的ではあるものの、センセーショナルでドラマチックなものに傾きがちなこともわかりました。一例として、2014年以降、自動操縦で走るテスラ車が少なくとも12回衝突事故を起こしたことが報道されています。その一方で、自動運転車が乗客を目的地まで安全に送り届けたことがニュースになることはほとんどありませんし、同じ期間内に人間のドライバーによる衝突事故は何桁も多く発生しています。
自動運転車は、一般的な認識と現実が乖離している興味深いケースです。チェスター大学の調査では、回答者の48%がAIは人間よりも自動車の運転能力が劣ると考えており、44%がAIによる運転に不安を感じています。2018年のブルッキングスの調査結果はさらに厳しいもので、51%が自動運転車によって高速道路の事故が減少するとは考えておらず、また61%が自動運転車に乗りたくないと回答しています。
重大事故の94%はヒューマンエラーが原因であるという統計が広く引用され、組み立てラインから生み出される新車には、前方/後方カメラ、レーダーとライダー、衝突センサー、およびそれらのデータを活用するためのAIといった自動運転テクノロジーが満載されているにもかかわらず、自動運転に対する懸念は未だ根強いものがあります。
実際には多くの人が、そうとは気づかないままAIを日常的に使っているとSchepman氏は述べています。
「多くの人が、Amazonでお勧めの商品が提案されたり、Facebookで広告がポップアップされたりといった、日常的な場面の背後でAIが動作していることを知りません」と同氏は言います。「他のテクノロジーの場合、人々はその使用を意識的に選択しています。しかしながらインターネットを介したやり取りにAIが使用されているかどうかは必ずしも明瞭ではありません」。
真の課題と向き合う
とは言え、AIについての人々の懸念がまったくの無根拠というわけでもありません。このテクノロジーが日常生活に浸透するにつれて、倫理、説明可能性、個人のプライバシー、偏見などの問題がより顕在化していくと予想されます。
一例として顔認証や音声認証は、対象が有色人種である場合、信頼性が著しく低下します。スタンフォード大学による音声テキスト化精度の調査によると、黒人男性の場合のエラー率は白人女性の2倍以上であることが判明しました。2020年1月にはミシガン州で、顔認識アルゴリズムの欠陥により、黒人男性が無実の罪で逮捕されています。こうした状況を受けて、今年6月には進歩的な民主党議員により、連邦政府による顔認証の使用を禁止する法案が提出されています。
Amazonのドライバーらは、運転の安全度を測定するために配送用トラックに搭載されているカメラをオフにし始めていますが、その理由の一部としてこのデバイスが運転の邪魔になり、必ずしも正確ではないことが挙げられます。AIに好意的な中国でさえ、公共の場での顔認証に対する反発が生まれつつあります。
こうした懸念は今後ますます高まっていくと思われます。McKinsey & Co.の2020年のAIの状況レポートによると、多くの組織がAIに関わる個人のプライバシーや公平性といった問題に、以前ほど注意を払わなくなってきています。またPewが2021年6月に実施した専門家への聞き取り調査によると、第一線の技術者らは、今後10年間で倫理的なAI設計が当たり前のものになるという見通しについて悲観的です。これは1つには、倫理的なAIとは何かについて誰もが同意する定義が難しいためです。
2018年にCenter for Governance of AIが行った世論調査では、調査対象となった米国人の80%以上が、このテクノロジーに対する制限が必要と思うと回答しています。またブルッキングスが行った調査でも回答者の3分の1が、米国政府がロボットを規制するための連邦ロボット委員会を設置することを望んでいました。
Pewでインターネットおよびテクノロジーの調査担当ディレクターを務めるLee Rainie氏は、AIの周囲に明確な境界線があるほど、AIに対する人々の安心感は高まると語っています。例えば、ドライバーが車両をある程度制御できる場合や、走行が専用レーンに限定される場合は、自動運転車に対して人々はより楽観的な見方をする傾向にあります。
「人間がシステムに取って代わることができるオフボタンのようなものがあれば、人々の安心感はより高まります」と同氏は指摘します。
HPEのAI、データ、およびセキュリティサービス担当ワールドワイドマーケティングディレクターを務めるHande Sahin-Bahceci氏は、「結局のところ根底にあるのは、AIシステムの潜在的なメリットや危険性に対する認識の違いではありません」と言います。「むしろ大きいのは人に対する考え方の違いです。機械やAIシステムよりも人間の能力や意思決定を信頼していますか。あるいはAIシステムを作っている人間を信頼していますか」。
ほとんどの人はAIのメリットと潜在的な危険性の両方を理解しており、慎重に楽観視しつつ、警戒もしています。これは人間というものがAIよりも複雑なためであり、この点に関しては調査をするまでもありません。
リーダーのためのアドバイス
- 人々は、大規模なデータセットのパターンを検出するといった、人間が苦手な処理をAIに委ねることには前向きですが、人間の感情や理解力が必要と通常考えられている作業をAIに委ねることには懐疑的です。
- 人々はAIがもたらす生産性の向上については評価しつつも、そのことが自分に及ぼす影響を懸念しています。こうした姿勢はAIの発展につれて変化していくと思われます。
- 人々は、認識しているかどうかにかかわらず、すでにAIを日常的に使用しています。
この記事/コンテンツは、記載されている特定の著者によって書かれたものであり、必ずしもヒューレット・パッカード エンタープライズの見解を反映しているわけではありません。

Dan Tynan
寄稿者、Improbable Venturesのコンサルタント、19件の記事
Steve Ballmer氏に髪の毛があった頃からテクノロジーに関する著書を執筆しているDan Tynan氏は、自身を含む誰もがその大部分を思い出せないほど数多くの記事を発表してきました (同氏の記事については、Googleを調べてみてください)。同氏は最近まで、David Pogue氏が指揮を執るテクノロジーニュースサイトである、Yahoo Techの編集長を務めていました。またそれ以前は、Family Circle誌の寄稿編集者として、育児とテクノロジーの接点に関する記事を執筆していました。さらに同氏は、PC WorldとInfoWorldで寄稿編集者を務めるとともに、ITworldで多くの読者から支持された「Thank You For Not Sharing」というプライバシーに関するブログを執筆したり、幅広い出版物やWebサイトで教育と行政に関する記事や印象的な風刺記事を書いたりしてきました。
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