2019年1月17日
データによる社会貢献: より良い社会を実現するためのデータ活用事例
ビッグデータと企業の社会的責任は密接に関係しています。以下では、今日の組織がデータおよび分析テクノロジーを、支援を最も必要としている人々や課題のためにどのように役立てているかをご紹介します。
コーポレートシチズンシップは地域社会の安定化を長年支えてきた実績を有します。ここ数十年にわたり多くの企業が、困窮している地域住民や学校の支援、フードバンクの維持、シェルターへの資金援助、社会的不平等の是正、環境や動物の保護、疾病治療法の研究などに貢献してきました。今日、企業の社会的責任 (CSR: Corporate Social Responsibility) はより大きな社会的利益をより大規模に提供することを目指すものとなっており、そのための技術的手段として活用されているのがビッグデータおよび関連テクノロジーです。
「ブロックチェーン、IoT、AI、ビッグデータ分析といったデジタル時代のテクノロジーは、企業の社会的責任の推進者が持続可能で回復力に富んだ社会を目指すうえで重要な役割を担っています」と『Digital Singularity: A Case for Humanity』 の著者で、世界的なマネージメントコンサルティング会社であるAvasant社のCEOを務めるKevin S. Parikh氏は指摘します。
またParikh氏は「機械学習と組み合わされた大規模なデータ収集は、新たなツールセットとして、従来とは異なる研究手法や、CSR活動の効率性と有効性の大幅な向上を可能にします」とも述べています。
こうした新たなCSR活動では、全世界に共通する課題の解決だけでなく、個々の組織が所属する地域社会の問題にも目が向けられています。「コンピューターによるデータ分析 (ビッグデータ分析など) を基盤とする持続可能性科学の活用にあたっては、グローバルに思考しローカルに行動するという指針が従来に増して重要になります」とParikh氏は指摘します。
それでは、ビッグデータがCSR活動の改革にどのように役立つかについて、具体的な事例をご紹介しましょう。
安全な飲料水の供給にIoTを活用
ビッグデータとIoTによる大規模な社会貢献事例の1つが、世界資源研究所 (World Resources Institute) の「Aqueduct (送水路)」プロジェクトです。Aqueductは世界規模の水資源リスクマッピングツールで、飲み水の探索に使用されるダウジングロッドのデジタル版とでも言えるものです。今日では大多数の水資源マッピングにIoTデータが使用されていますが、ダウジングロッドもその役目を完全に終えたわけではありません。
2017年後半に発表されたNPRの記事によると、「英国の12の地方上下水道公社のうち10社が、地下水脈を探すために水占い棒などとも呼ばれるダウジングロッドを少なくとも時折は使用することを認めています」。ただし大多数のダウジングは個人が行ったもので、会社の方針として行われているものではありません。言うまでもなく水道公社はダウジングの魔術よりもデータの確実性を好んでいます。
Aqueductは、河川の氾濫による影響を、都市の被害、GDPへの影響、および国、州、河川流域の人口への影響度といった観点から検証可能なWebベースのインタラクティブなプラットフォームで、その運用には膨大なデータセットが必要です。このプラットフォームにより、大都市の主要な水路の漏水から飲料水の水質に至るまで、さまざまな項目が世界規模で監視されています。この全世界にわたるきめ細かい情報管理を支えているのが、ビッグデータおよび高度なデータ分析です。
Aqueductプロジェクトではデータを外部にも提供しており、企業市民はダウンロードしたデータをさまざまな社会貢献活動に役立て、長期計画に沿って社会的責任を担うことが可能です。こうしたデータの一例が無償でダウンロード可能なAqueduct水ストレス予測データで、今後数十年間にわたる気候変動や経済成長シナリオの下で予測される、水供給、水需要、水ストレス、季節変動などの指標が提供されます。
ザンビアにおけるマラリアとの戦いに分析が活躍
Visualize No Malariaは、2021年までにザンビアからマラリアを根絶することを目標とするキャンペーンです。マラリアによる死亡者数は年間60万人に達しています。マラリア患者の90%以上がサハラ以南のアフリカに住んでおり、その大多数が5歳未満の子供です。ユニセフの推定によると、世界人口の40%以上がマラリアリスクのある地域に居住しています。
この取り組みは、ボランティアのデータ専門家グループによって主導されており、データを活用することで、医療専門家がマラリアのホットスポットを早期に発見し、感染が拡大する前に行動できるよう支援することを目的とします。その一環として、マラリア感染が拡大しつつある地域を医療関係者や政府職員に示すためのオペレーションダッシュボードも設計されました。こうした努力の結果、今ではマラリアが発生した地域に蚊帳を迅速に設置できます。またデータを活用したその他の対策として、病気の発生率がとりわけ高い地域で蚊を駆除したり、必要性の特に高い地域に医薬品を優先的に提供したりすることも行われています。
同グループでは、医療レポート、位置情報、衛星画像などのさまざまなソースから得られるデータを処理するために、分析ツールや可視化ツールを使用しています。また、自動化されたデータ分析ワークフロー、クラウドベースのコミュニケーション機能、高速データベースソリューション、ストレージサービス、ユーザーエクスペリエンスの向上技法なども活用されています。このキャンペーンで、疾病の管理および拡大防止の支援に使用されているのがTableau社のビジュアル分析ソフトウェアです。
「TableauとPATHはこのプロジェクト開始時からのパートナーです」とTableau社でシニア広報マネージャーを務めるSteve Schwart氏は説明します。Tableau社はソフトウェアを無償提供するだけでなく、テクノロジー業界からの積極的なプロジェクト参加者として、PATHとザンビア政府の取り組みに大きく貢献しています。
PATHは、医療格差の是正に取り組んでいる非営利の国際的な医療支援団体です。この団体では、全世界のとりわけ深刻かつ緊急を要する医療問題を解決するべく、公的機関、企業、投資家、関連団体などにアドバイスを提供し、また必要に応じて連携しています。
「このプロセスを通じて、またJonathan Drummey、Anya A’hearn、Allan WalkerをはじめとするTableau Zen Masterたちのサポートにより、私たちはプロジェクトの構築および拡張に役立つ新たなテクノロジーを特定できました。こうした取り組みはザンビアでの活動だけでなく、それに続くセネガルのプロジェクトでも役立っています」とSchwartz氏は説明します。また特定された新たなテクノロジーに基づき、より広範なパートナー (Twilio、DataBlick、Slalom Consulting、Alteryx for Good、Exasol、Mapbox、DigitalGlobeなど) との連携も進んでいます。
「以前は収集に数ヶ月を要していたデータが、今ではほぼリアルタイムで報告され、政府職員から地域の診療所医師、自治体の医療従事者に至るまで、さまざまな関係者に活用されています」とSchwartz氏は述べています。「さらにベトナム、リベリア、ケニア、およびギニアにおけるさまざまな疾病に対しても、同様の監視および管理体制が展開されつつあります」。
Bloomberg社とData for Good Exchangeによるイノベーションとアイデアの促進
Data for Good Exchangeは、今年で5回目を迎えるBloomberg社主催の年次カンファレンスで、データサイエンスと人的資本を活用して人類が抱える課題の解決に貢献するという、経済・金融情報の配信社である同社の継続的アドボカシーの一環として開催されています。このカンファレンスは、関係者のコラボレーションを促進し、社会的利益のためにデータを活用する方法に関するアイデアを共有する場と位置づけられています。
「Data for Good Exchangeでは、データを活用してプラスの変化を牽引する方法についての有意義な対話が促進され、市場原理に委ねていては解決できない問題、政府や公共部門が抱えている問題、大きな市場力を持たない人々が直面している問題、あるいは市場によって無視されがちな問題などに焦点が当てられます」と、Bloomberg社のOffice of the CTOでデータサイエンス責任者を務めるGideon Mann氏は説明します。
過去のData for Good Exchangeカンファレンスで取り上げられたプロジェクトには、以下のようなものがあります。
- Microsoft社のJohn Kahan氏率いるデータサイエンスチームによる、「乳幼児突然死症候群 (SIDS)」およびより広いカテゴリである「予期せぬ乳幼児突然死 (SUID)」の原因を解明するために公開データを活用する取り組み
- ユニセフとBloomberg社のパートナーシップによる、児童労働問題と戦うためにサプライチェーンに関する財務データを活用する取り組み
- 世界中の非営利団体とデータサイエンス分野の博士課程大学院生を結び付けることを目的とするD4GX Immersion Dayイニシアチブ
「Bloombergは世界の資本市場の分析および社会変革の促進の両面でデータが持つ価値を真に認識している組織であり、一方データ科学者たちは独自のスキルを生かして問題解決に注力しています」とMann氏は説明します。
Factomブロックチェーンによる改ざんや不正の防止と医療記録の保護
社会的利益のためにデータを活用するうえで、データの改ざん防止対策が不可欠な場合があります。ブロックチェーンはデータの妥当性の検証および保護を念頭において設計されています。
Factomもこうしたブロックチェーンの1つです。ビル&メリンダ・ゲイツ財団では、主にサハラ以南のアフリカでデジタル化された医療記録を保護するためにFactomを使用しています。途上国の僻地に住む人々は、医療記録を部分的にしか、もしくはまったく保有しておらず、とりわけ自身の健康状態やアレルギーについて医師に説明できない患者の場合は、治療に悪影響が生じる可能性があります。
しかしながら遠隔医療記録をデジタル化して生体認証を追加することで、意図した人々に医療援助を確実に届けるとともに、医薬品が闇市場に流れるのを防止できます。ゲイツ財団では全世界の医療を改善する方法を模索しており、その取り組みのカギとなるのが正確で信頼性の高い患者記録の維持管理です。
BuildingIMの創立者で、Factomブロックチェーンプロジェクトのマーケティング委員長を務めるBen Jeater氏によると、「ホンジュラス政府は、同国における土地登記情報を保護するためにFactomを使用することを検討しています」。さらにFactomは著作権侵害を証明する目的で、中国の裁判所でも使用されました。
「Factomは個人の不正行為を正すことはできませんが、ドキュメントが関与する場合には、真実が提示されるように保証できます」とJeater氏は述べています。
Casebook社による児童福祉、少年司法、および高齢者向けサービスの支援
利他的目標を事業計画に組み込んでいるタイプの企業も存在します。そうした企業タイプの1つが、株主利益の最大化という一般的なビジネス目標に加えて、公共の利益を企業憲章に掲げているパブリックベネフィットコーポレーション (PBC) です。
「SaaS企業として、私たちは州政府機関が、政策や活動の有効性を判断するのに役立つソフトウェアを提供しています」とCasebook社 (旧Case Commons社) CEOのTristan Louis氏は説明します。「当社はPBCとして、最前線で活動する人々のためにデータを役立てる方法を常に模索しています」。
また同氏は「従来、ホームレス、飢餓、貧困、児童福祉といった難問への取り組みでは、ケースごとに課題の解決が図られてきましたが、そうしたやり方では活動に弾みをつけて多くの人にメリットをもたらすことができません。こうした点の改善にデータは大きな効果を発揮します」とも述べています。
Louis氏によると同社では全社員が社会に貢献するという決意を日々新たにしています。Casebook社では、こうした目標のためにデータを活用することに加えて、マシンが人間味のある判断をくだせるようにAIの改善にも努めています。人的な要素はデータそのものには表れないことも多いため、同社では大規模な人道的努力が人間味を失うことがないように、自動化されたインテリジェンスAIではなく、支援型のインテリジェンスAIを推奨しています。「人種間の平等や社会的正義が予測分析に織り込まれることもあります」とLouis氏は指摘します。「AIを適用するとその割合がはるかに高まります」。
Intuit社の融資による中小企業の支援
TurboTax、QuickBooks、Mintなどの製造元であるIntuit社は、ビッグデータを活用して、従来の銀行融資の対象とならない小規模企業向けの融資を行っています。
そのための手段としてIntuit社では、自動処理を利用し、QuickBooksから得られる約260億件ものデータインプットを活用しています。Intuit社のQuickBooks Capitalチームが作成した与信モデルは、同社が小規模企業のキャッシュフローの変動を把握するうえで重要な役割を担っています。このモデルを使用することで、同社は顧客の事業収益性、融資の返済能力、同種の企業と比較した利益率に基づく相対的な業績などを把握できます。
「資金調達は新興企業が成功を収めるうえで欠かせません。しかしながら、与信レベルの低い小規模企業経営者の多くが資金調達に苦慮しています」と、Intuit社でQuickBooks Capital直接融資担当ディレクターを務めるLuke Voiles氏は指摘します。新興企業の70%が成長のために資金調達が必要と回答している一方で、必要な融資を得られているのはそのうち23%に過ぎません。そのため多くの企業が成長を阻まれ、倒産に追い込まれる企業も少なくありません。
「QuickBooks Capitalは、データのパワーを活用して自動化された与信モデルを構築することで、Intuit社が損失を被ることなく、与信レベルの低い小規模企業に融資を行うことを可能にしています」とVoiles氏は説明します。
社会貢献活動に参画するには
これまでに紹介した事例は、世界中で日々推進されている社会的利益のためのデータ活用プロジェクトのごく一部に過ぎません。こうした既存のプロジェクトに参加する、もしくは新たなプロジェクトを立ち上げることにご興味をお持ちの方は、以下のヒントをぜひお読みください。
「これは多くの人が関心を持っている話題で、3つの重要なポイントに集約されます」とTableau社のSchwartz氏は説明します。
中心的な価値を明確化する。企業が参画可能な課題やプロジェクトは無数に存在するため、まずは何に焦点を当て、どのようにアプローチするのかを明らかにすることが大切です。「Tableauの場合であれば、最大の関心事は、問題の根本原因を解決するためのプロジェクト、および有意義な変化をもたらす制度改革です。また私たちは、当社の能力を生かすことで、真の改革をなし得る立場にある人々を強力に支援できることを承知しています」とSchwartz氏は述べています。
自社が得意な分野を把握する。社会貢献に役立つパートナーシップを構築するためには、自社のコアコンピタンス (およびその限界) の把握が欠かせません。「当社の場合は、優れたパートナーを見出し、それらのパートナーが有益な情報を意思決定者に提供できるように支援することに重点を置いています」とSchwartz氏は説明します。「また必要と判断される場合には、当社は追加のリソース、すなわちテクノロジーパートナーやコンサルティングパートナー、グローバルなユーザーコミュニティ、他の慈善財団、さらには当社の顧客などに対して協力を迅速に要請します。当社だけであらゆるニーズに応えることはできませんが、当社の強みを生かすことで、確かな成果を達成するために必要な支援を必要なタイミングで得ることが可能です」。
パートナーに対して施しではなく投資をする。「Tableau財団を通じて、私たちは困難な課題に取り組んでいるさまざまな組織や人々と連携する機会を得てきました」とSchwartz氏は振り返ります。パートナーがデータから有益な情報を得られるようにするとともに、必要に応じて調整を行うことも大切です。変革に取り組むうえで何が効果的で何が効果的でないのか、また新たな支援として何が可能であるかを、率直に話し合える関係を構築するよう心がけてください。「私たちは今では、高圧的な契約を交わすのではなく、付帯条件なしの援助のみを提供しています」とSchwartz氏は付け加えます。「そのためデータから得られた知見が予想外のものであった場合には、パートナーは計画を柔軟に変更できます」。
社会を改革するためにデータを活用する取り組みに、皆様もぜひご参加ください。
この記事/コンテンツは、記載されている個人の著者が執筆したものであり、必ずしもヒューレット・パッカード エンタープライズの見解を反映しているわけではありません。

Pam Baker
フリーの寄稿者、21件の記事
Pam Baker氏は、InformationWeek、Institutional Investor、CIO.com、Network World、Computerworld、ITworld、LinuxWorldなどのテクノロジー、ビジネス、および金融関係の主要な出版物で数百の記事を執筆してきました。また、テクノロジーの分析研究に関するいくつかの著書、『Data Divination: Big Data Strategies (データに関する予言: ビッグデータ戦略)』を含む8冊の本、そして賞を獲得した製紙業界のドキュメンタリー作品も執筆しています。同氏は、National Press Club、Society of Professional Journalists、およびInternet Press Guildの会員です。
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