2022年6月17日
ヒトの体そのものを臨床検査室として活用できるか
患者の体内に臨床検査室を構築する研究が進められています。
リーダーのためのアドバイス
- 埋め込み型テクノロジーは、複雑な医療診断を簡素化する機会を提供します。
- 埋め込み型テクノロジーを活用することで、特定の治療の効果をより迅速に判断して、治療サイクルを短縮できる可能性があります。
- こうしたテクノロジーは、患者の経済的および精神的な負担を軽減できます。
深刻な疾病の診断は、臨床医にとっては難しく、患者にとっては苦痛を伴う場合があります。
その一例が多発性硬化症です。この身体障害性疾患は全世界で230万人もの患者がいるにもかかわらず、特定の診断方法が確立されていません。患者が多発性硬化症であると診断するためには、血液検査、脊椎穿刺、MRI、神経伝導検査など、さまざまな手法を使用して他の疾病の可能性を排除しなければなりません。さらに診断が下され治療が開始された後も、病気の進行具合を調べるには、頻繁に (時には侵襲的な) 検査をしなければ正確な情報を得るのが困難です。
Aaron Morris氏はこうした状況の改善に意欲的に取り組んでいます。免疫工学者であるMorris氏は、ミシガン大学のPRIME (PRecision Immune MicroEnvironments) チームを率いて、深刻な疾病を検出して進行を継続的に追跡できる非常に低侵襲な方法を研究しています。
その構想は次のようなものです。まず鉛筆の先端に付いている消しゴムほどの直径の多孔質不活性プラスチック製円板を皮膚の表面近くに埋め込みます。このウエハーの働きにより、多発性硬化症やガンなどの特定の疾病に反応する免疫細胞が、実際の疾患箇所からインプラントに移動してきます。免疫細胞の到着は円板に埋め込まれたセンサーによって記録され、そのデータが病院のコンピューターや患者のスマートフォン、あるいは最寄りのドラッグストアのキオスクといった、外部デバイスに無線で送信されます。
マウスでの実験から実用へ
Morris氏は、現在実験用マウスでテストされているこうしたテクノロジーにより、病気の早期診断とモニタリングのスピード、容易さ、および効率性が10年以内に抜本的に改善されると見ています。
「病気の診断にはインサイドアウト (内側から外側へ) のアプローチが必要です」とMorris氏は言います。「私たちは言わば患者の体内に臨床検査室を構築しようとしているのです」。
このような非侵襲的な手法を探求しているのは、Morris氏率いるPRIMEチームだけではありません。事実、全世界で多数の研究施設やスタートアップ企業が関連する研究を行っており、その多くが土台としているのが、スタンフォード大学医学部の放射線科長であった故Sanjiv "Sam" Gambhir教授による、ガンおよびその他の疾病の兆候を初期段階で発見するために分子イメージングを活用する先駆的研究です。
ダートマス大学の准教授で、Lodestone Biomedical社のCEOでもあるSolomon Diamond氏は、専門チームを率いて、腫瘍の免疫反応をモニターするための埋め込み型バイオセンサーと磁気リーダーの開発に取り組んでいます。このバイオセンサーは、放射線科医が軟組織内の病変を特定して標的化するために使用するインプラントである基準マーカーに類似しています。ただしDiamond氏らが研究している極小センサーは、体内組織の奥深くにある特定のタンパク質と結合するように設計された磁性ナノ粒子を含んでおり、特定タンパク質のレベルを長期にわたってより正確に追跡することが可能です。高価なMRIや核医学装置を使用して患者の体内に追跡可能な光線を照射する手法とは対照的に、この新たな手法では低周波の交流磁場を使用してセンサーデータが取り出されます。
治療効果の検証
MRIやCTスキャンを使用して周辺部位を観察するやり方では、問題が顕在化するまでに数週間から数か月を要する場合があります。それに対して、この新たなテクノロジーにより腫瘍内部の変化を直接モニターすることで、医師がガン治療の効果をより早期に確認できるようになるとDiamond氏は期待しています。
患者の体を臨床検査室として使用することで、投薬量や投薬のタイミングといった治療の最適化が可能になるだけでなく、他の薬剤がより効果的かどうかを試すのも容易になるとDiamond氏は見ています。「長期間待つことなく、こうした情報を極めて迅速に得られるようになることは、非常に大きなメリットです」。
PRIMEチームと同様に、Lodestone社の研究も初期段階にあります。そしてMorris氏と同じくDiamond氏も、継続的かつ非侵襲的に人体からデータを取り出すことが「革新的な医療」の実現につながると確信しています。
「私たちはこうした研究を通じて、現時点では不可能な方法による、キャリブレーションされた疾患モデルの実現を目指しています」と同氏は言います。「同時に、より多くの患者集団から長期にわたってデータを蓄積できるようになれば、治療に対する患者の反応をより正確に把握および予測できるようになるはずです」。
治療と財務面の優先事項を両立
セントルイスの生命科学投資会社であるBioGenerator Labsでアナリストを務めるDanny Griffin氏が率いるチームは、前立腺ガン、乳ガン、およびその他のガンの発生と進行をより正確に追跡するためのテクノロジーを開発している複数のスタートアップ企業に投資しています。
非侵襲的な診断手法に関して見落とされがちなのが、医療機関の財務面にもたらすメリットであると同氏は指摘します。今日の一般的な侵襲的処置には病室が必要であり、機材を予約し、スタッフのスケジュールを組む必要があります。そのため多くの医療機関が、収益の確保と患者の継続的治療の両立に苦労しています。
「従来の手法では、患者の精神的ストレスが大きいだけでなく、医療システムにも大きな財務的負担がかかっています」とGriffin氏は言います。
Morris氏、Diamond氏、およびGriffin氏はいずれも、埋め込み型テクノロジーに関するあらゆる研究開発は、それ単独では成功できないと考えています。体内に埋め込まれたテクノロジーが機能するためには、体外のテクノロジーとの接続が欠かせません。このことはテクノロジーベンダーにとって長期的なビジネスチャンスの存在を意味します。
ハイテク企業のビジネスチャンスの拡大
多くの先駆的テクノロジーがそうであるように、臨床医と患者が新たな医療プロセスを利用できるようになるためには、テクノロジーに精通した企業によるさまざまな課題の解決が欠かせません。例えば、体内センサーと外部デバイス間を接続するには、そのためのAPIを設計するデベロッパーが必要です。また医師や患者がデータの意味をリアルタイムで理解するための分析ソフトウェアも必要になります。プログラマにも大きなチャンスがあり、AIや機械学習アルゴリズムを使用して、診断データの継続的な収集を自動化したり、実用的な知見を導出して適切な提案を行ったりするためには、多くのプログラマが必要とされます。さらに患者データを覗き見から守り、HIPAAなどのプライバシー規制を遵守するために、あらゆる領域にサイバーセキュリティ機能を組み込むことも欠かせません。また新たな診断テクノロジーが登場する都度、各種のモバイルあるいは据え置き型のコンピューティングデバイス向けに、ユーザーフレンドリなプログラムを作成する必要もあります。
ハードウェアの領域では、ベンダー各社にとって、Fitbitや最新式のOculusバーチャルリアリティヘッドセットのような、患者データをリアルタイムで可視化するための専用ウェアラブルデバイスを提供するチャンスがあります。また病院や薬局、ショッピングモール、空港、さらには家庭や自動車内で診断データを確認するための、現在の血圧計のような小型のキオスク端末やステーションの開発も必要になるでしょう。
一方ネットワークエッジでは、サービスプロバイダーにとってのビジネスチャンスとして、患者の体と医療データセンター間で診断データを迅速、シームレス、かつセキュアに共有するためのサービスを提供する機会が期待されます。
Morris氏はこうした研究と投資がいずれは実を結び、非侵襲的な診断手法が一般的になると見ています。「私たちは研究に注力しており、いずれはこのような疾病の継続的モニタリングが広く普及すると確信しています」と同氏は言います。「私たちがゴールに最初に到達するか、他の誰かが到達するかは別として、こうした未来は確実に到来します」。
この記事/コンテンツは、記載されている特定の著者によって書かれたものであり、必ずしもヒューレット・パッカード エンタープライズの見解を反映しているわけではありません。

David Rand
36件の記事
David Rand氏は南カリフォルニアを拠点とするフリーランスライターであり、デジタルテクノロジーが私たちの生活や仕事にもたらす破壊的なイノベーションについて執筆しています。彼は常に好奇心旺盛で、未来を予測してどのように備えるべきかを読者に伝えることを目標として活動しています。
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