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2020年6月19日

オーグメンテッドヒューマンやウェアラブルデバイスは職場に浸透するか?

拡張現実デバイスから外骨格や埋め込み型のテクノロジーに至るまで、多種多様なウェアラブルデバイスの登場により、職場におけるBYOE革命が始まろうとしています。

映画『ターミネーター: ニューフェイト』をストリーミング配信や劇場で観た方はご存知のとおり、今回未来から送り込まれてくる助っ人は、一般的にイメージされるサイボーグではなく、肉体的に強化された人間の兵士です。こうしたテクノロジーは今はまだ特異なものに感じられますが、いずれはオーグメンテーション (拡張) テクノロジーが職場で広く活用される日がくるかもしれません。

現時点ではまだSFの世界の話とはいえ、多くのソートリーダーが、このようなヒューマンオーグメンテーションは一般に考えられているよりも早期に実現し、それほど遠くない将来に普及する可能性さえあると見ています。一例としてGartner社は、オーグメンテーションを業務利用する従業員の増加に対応するために、IT組織の30%が2023年までに個人の拡張能力の業務利用 (BYOE: Bring Your Own Enhancement) ポリシーを導入すると予測しています。また2024年までに、企業、科学者、および政府機関の半数が、ヒューマンオーグメンテーションのための倫理的フレームワークの導入に賛同して、グローバルな倫理的影響評価プロセスを整備すると予想されています1。

こうした見通しについて夢物語のように感じられた方もあるかもしれませんが、実のところ私たちの多くが自身ではそうと意識することなく、何らかの形の肉体的または精神的なオーグメンテーションをすでに利用しています。

「人間の強化はすでに始まっています」と、IEEE Digital Reality Initiativeの共同議長であり、徹底分析レポート「Augmented Machines and Augmented Humans Converging on Transhumanism (トランスヒューマニズムに収束するオーグメンテッドマシンとオーグメンテッドヒューマン)」の著者であるRoberto Saracco氏は述べています。「今後はむしろ、こうしたテクノロジーのすべてをいかにシームレスに統合するかが焦点になっていくと予想されます」。

一例としてSaracco氏は、スマートウォッチがメールやテキストの交換、カレンダーの確認、電話の発信などにすでに広く利用されていると指摘します。またCochlear社の人工内耳は皮膚下に挿入されて音を増幅するため、聴覚障害を持つ人々が補聴器の使用に関連して時折経験する差別を受けずに済みます。仮想現実および拡張現実 (VRおよびAR) 用のメガネも、工場、病院、小売店などに導入されつつあり、トレーニング、製造、財務、サプライチェーンプロセスなどの強化に活用されています。さらに戦闘機のパイロットにとっても、制御パネルに視線を落とすことなく、速度、高度、方向などの重要情報を確認できるヘッドアップディスプレイ (HUD) は欠かせない装備となっています。

 

スーパーワーカー (およびスーパーソルジャー) の登場

こうした事例は未来の情景を垣間見させるものです。CES 2020で多くの参加者にひときわ強い印象を残したのが、ソルトレイクシティ発の注目されるスタートアップ企業であるSarcos Robotics社がDelta Airlines社と共同で行った、人間のパフォーマンスと持久力の向上に加えてケガの防止にも役立つとされる、バッテリ駆動の全身外骨格スーツのデモンストレーションです。このロボットスーツを装着すると、最大200ポンドの重量物を負担や疲労を感じることなく繰り返し持ち上げることができ、最大8時間の連続駆動が可能であると言われています。Delta社はこのテクノロジーを、倉庫内の貨物の取り扱いから、保守部品の移動、重機や地上支援装置用部品の持ち上げまで、さまざまな用途に活用することを計画していると述べています。

Sarcos社CEOのBen Wolff氏は、Sarcos Guardian XOのような外骨格スーツは、労働者を物理的に強化するという構想が現実になりつつあることを示すものであると述べています。

「その推進要因はさまざまです」と同氏は説明します。「職場におけるケガに起因する経済、士気、および社会的な問題から、労働者の疲労による経済的影響、高齢化に伴う労働力不足、さらには肉体的負荷の高い仕事に就こうとする若者の減少まで、要因は多岐にわたります」。

当然ながら米国陸軍も、より優秀、屈強、かつ俊敏な兵士を生み出すことに強い関心を持っています。先頃実施された米国国防総省の調査によると、耳、目、脳、および筋肉の強化に関する研究が急速に進んでおり、技術的には2050年までにサイボーグ兵士の誕生が可能であると結論付けられています。

「この (オーグメンテーション) テクノロジーは、脳から脳へのコミュニケーションを通じて、人間とマシン、および人間同士の間での、情報の受け渡しを促進すると予想されます」とエグゼクティブサマリーには述べられています。「こうしたコミュニケーションによって、戦闘員が無人の自律システム、さらには他の戦闘員とも直接対話できるようになれば、指揮統制システムおよび軍事行動の大幅な向上が可能になります」。

同調査は、こうした進化に必要な研究の多くは、一般市民や民間企業の需要によって促進されると指摘しています。実際に最新のアクティビティの多くが民間領域で発生しています。

 

膨大なデータから重要な情報を抽出

一例としてGE Researchは、ニューヨークとインドにあるForge Labに約1,000人の研究員を擁しており、オーグメンテーションを各種テクノロジーと組み合わせて、さまざまな事業部門にメリットをもたらす方法を模索しています。

Forge Labで産業用ウェアラブルプロジェクトのリーダーを務めるSM Hasan氏によると、大多数の研究は、生産性を高めるためのデバイス、または労働者の安全性を高めるためのデバイスのいずれかに分類されます。産業界では、これまで主として運用効率の向上の観点からオーグメンテッドテクノロジーが注目されてきましたが、Hasan氏は安全性の側面における可能性がより重要であると見ています。

「鉱山、消防、軍隊といった危険を伴う職業に就いている人々を思い浮かべてください」と同氏は説明します。「彼らの安全性を高めるうえでウェアラブルが役立つことは容易に想像できます。しかしながら下調べを行ったところ、そうした目的に必要なタイプのリアルタイムのデータ収集が行われていないことが判明しました」。

これは無理もないことであるとHasan氏は説明します。と言うのも職場の事故を回避するためにタイムリーに収集、分析、対処しなければならないデータは多岐にわたるためです。

「危険を回避するためには環境を完全に感知できなければなりません」と同氏は指摘します。「周辺に有毒ガスが存在していないか、作業環境内の温度分布はどのようになっているか、作業員が何らかの影響を受けていないかなど、さまざまな項目のチェックが必要です。そのためには例えば作業員の心拍数が上昇または下降していないかを計測する機器が必要になります。また近辺に存在する可能性がある危険物、例えば高圧送電線などを把握することも求められます。さらにすべてのデータをリアルタイムで組み合わせて処理および分析する能力も必要です。これは複雑な課題ですが、私たちがForge Labにおいて注力している研究の1つです」。

Hasan氏によると、GE Researchでは、何らかの問題が発生したときに作業員や監督者に警告するだけでなく、潜在的な問題を未然に検出可能なアラートシステムの構築を目指しています。

「私たちは、作業員にさまざまなセンサーを装着してあらゆる種類のデータを収集することで、環境条件を監視して起こり得る危険を察知できると考えています」とHasan氏は述べています。「例えば、消防士が延焼中の建物に突入するような場合に、大規模な爆発の兆候を察知して消防士にいち早く警告できれば、彼らの命を救えるはずです」。そうした状況の監視に利用可能なデバイスはすでに存在していますが、それらのデバイスをユーザーとより緊密に統合することで、有効性の大幅な向上が期待されます。

Hasan氏は、この種のシステムの基盤となるインフラストラクチャには、腕時計に内蔵されたセンサーといった、作業員が身に付けるアイテムを含める必要があると指摘します。また多くの作業員は遠隔地で業務を遂行するため、エッジコンピューティング機能も必要になります。安全性の問題には俊敏な対応が不可欠であり、離れた場所にあるサーバーファームに重要データを送信して分析を行っている時間の余裕は必ずしもありません。

「GE Researchでは、データをクラウドに送信するだけでなく、すべての処理をローカルエッジサーバーでも実行するようにしています。これはリモートクラウド接続を保有していない組織にとって特に大きなメリットとなります」と同氏は述べています。「私たちは現在、この安全システム全体の試験運用を早期に開始するべく、多くのお客様との調整を進めています」。

 

倫理面の考慮事項

ニューヨークのForge Labで各種プロジェクトを統括しているBen Verschueren氏は、労働者の多くはウェアラブルデバイスを快適に業務利用するようになり、この種のテクノロジーにもある程度馴染んでいくだろうと見ています。しかしながら法律とプライバシーに関して考慮すべき問題も多いため、GE Researchではまずは安全性の向上に焦点を当てている、と同氏は述べています。

「ご存知のとおり今日の世界はデータ中心であり、データを分析することで企業は多くの有益な情報を得られます」と同氏は説明します。「しかしながら従業員の側では、どの程度のデータであれば問題なく共有できるのか、自分はどのようなデータを保有しているのか、雇用主はどのようなデータを保有しているのか、デバイスの開発者はどのような情報を保有しているのか、といった疑問が生じます。この種の問題が、オーグメンテッドテクノロジーの導入に向けた最大の障害になると私は見ています」。

オーグメンテッドテクノロジーの普及に関連してもう1つの留意すべき点は、一部の従業員のみが拡張機能を利用できることに関連する社会的および倫理的な規範の問題です。例えば、外骨格デバイスの価格が下がり、労働者の一部が自費で購入して、建設や廃棄物処理といったブルーカラー業務に使用できるようになった場合を想像してみてください。あるいはウェアラブルデバイスにダウンロードされた人工知能を意思決定に利用できる従業員とそうでない従業員が存在する場合に、オフィスのダイナミクスがどのように変化するかを考えてみてください。一部の倫理学者は、そうした状況下では、経済的に多少ゆとりのある人々が不当に有利な立場を手に入れる可能性があると危惧しています。言うまでもなく、これらのテクノロジーのメリットが明らかな場合は、雇用主が作業スタッフにテクノロジーを提供するケースも多いと予想されます。しかしながら、労働者が自前の工具や機器を使用するのが慣例となっている業界では、こうした問題が発生する可能性があります。

ハーバード大学ケネディ校で科学技術研究分野の教授を務めており、『The Ethics of Invention: Technology and the Human Future (発明の倫理: テクノロジーと人類の未来)』の著者であるSheila Jasanoff氏は、この問題がどの程度深刻化するかは個々の職場文化によって異なると見ています。

「ここで考察すべきは、不公平感を引き起こすものの正体です」と同氏は指摘します。「例えばタイピストの中には、他のタイピストよりも手先が器用な人がいます。あるいはコンサートピアニストの中には、他のピアニストよりも演奏技術の習得に優れている人がいます。しかしながら私たちはこれを不当な優位性とは感じません。また人々は音楽の才能とスキルを持つ子供をジュリアード音楽院に進ませることは当然と考え、それが生涯にわたるアドバンテージをもたらすものであったとしても、不公平とは感じません」。

Jasanoff氏が指摘するように、状況によっては一部の従業員が、「トールポピー症候群」(出る杭は打たれる的な文化) の犠牲者となる可能性があります。これは特別なテクノロジーの恩恵を得ている一部の従業員がその他の従業員から嫌われて、孤立させられたり、攻撃されたりすることを意味します。しかしながら、当該テクノロジーが強力な社内文化や社会的規範に違反するものでなければ、通常大きな問題は生じないであろうとJasanoff氏は見ています。すべてはテクノロジーが使用されるコンテキスト次第であると同氏は述べています。

「目立つことが好まれない市民文化が存在する社会と、例えば米国のように、多くの人が合法的に利用可能なあらゆる手段を駆使して戦い抜くことを良しとする社会とでは、オーグメンテーションデバイスに対する人々の見方が異なると考えられます」とJasanoff氏は指摘します。「倫理的ベースラインは、個々のコンテキストにおいて正しいとされる行動によって大きく変動します」。

 

サイボーグの実例

Neil Harbisson氏は、さまざまなコンテキストにおける人々のオーグメンテーションテクノロジーに対する反応を知る機会の多い人物です。英国で生まれ、カタロニアで育ったコンテンポラリーアーティストで、生まれつきの完全な色覚障害があるHarbisson氏は、頭蓋骨にアンテナを埋め込んでおり、政府からサイボーグとして正式認定されていることで知られています。このアンテナは、同氏が頭蓋骨の可聴振動を通じて、赤外線や紫外線を含む、目に見える色と目に見えない色を知覚することを可能にします。Harbisson氏は、ソフトウェアとインターネット接続を介してシームレスに頭脳に届く、宇宙、画像、ビデオ、音楽、電話などの「色を聞く」こともできると述べています。同氏はこのアンテナを自分の体の一部であり、頭脳の延長部分であると捉えています。

現在日本と台湾に拠点を置くHarbisson氏は、人々は当初、彼をどう判断すべきかに戸惑い、時には不快感を示すこともあったと述べています。

「2004年に初めてアンテナを埋め込んだ当時、私の行動は人々から奇異の目を向けられました」と同氏は振り返ります。「アンテナを埋め込んだことで私は職を失い、新たに雇ってくれる人はなかなか見つかりませんでした。私はカフェのウェイターでしたが、アンテナを装着したとたんに、接客はさせられないと告げられました。そうしたことが今日起こったら私は断固抗議するでしょうが、当時の私はそれを受け入れました」。

当時のHarbisson氏は、自身のオーグメンテーションをコンテンポラリーアートの枠組みで捉えており、アートコミュニティでは実験的あるいは前衛的な試みとして広く受け入れられたと振り返ります。

「しかしながら当時の一般社会の人々には、私の行為は非常に奇妙に感じられたと思います」と同氏は述べています。「長年にわたり、私が通りを歩いていると、変わり者が何やら無意味なことをしているといった視線を向けられました」。

Harbisson氏によると、地球上の大多数の人がデバイスを顔のそばで使い始めた頃から、すなわちスマートフォンが普及し始めた頃から、こうした反応が徐々に変わっていったとのことです。今日では、人々がいつかは自分自身もテクノロジーにより強化される可能性、つまりサイボーグ化される可能性があることを想像できるようになった、と同氏は考えています。

「地域によっても異なりますが、生物学とテクノロジーの融合に対する抵抗感は薄れつつあると思われます」と同氏は指摘します。「モバイルフォン用のアプリケーションではなく、私たちの体用のアプリケーションの開発が進めば、人生ははるかにエキサイティングなものになるでしょう。10年ないし20年後には、多くの人がテクノロジーと融合している可能性があると私は見ています。そうした時代が到来したときに、サイボーグが差別されたり、あるいは逆にサイボーグが一般人を差別したりすることが起こらないよう、私たちは注意する必要があります。どちらの差別もあってはならず、すべての人は公平に扱われなければなりません」。

1Marty Resnick氏、Jamie Popkin氏、Mark Driver氏共著、『Architecting Humans for Digital Transformation』、Gartner and Maverick Research、2019年6月12日

この記事/コンテンツは、記載されている特定の著者によって書かれたものであり、必ずしもヒューレット・パッカード エンタープライズの見解を反映しているわけではありません。

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