2019年7月19日
科学者たちは気候変動との戦いにAIを活用
多くの研究者が、気候変動の影響を理解し対策を講じるうえで必要な膨大なデータの処理に、AIを活用し始めています。
自然科学の分野では、気候変動 (およびそれに伴うハリケーン、火災、洪水などの増加) が熱帯林に及ぼしている影響の把握および予測が必要とされています。厳しい攻撃に耐えるために森林の低木化が進むでしょうか。また森林が蓄積できる二酸化炭素の量、植物の数や多様性、生息する野生生物種は減少していくでしょうか。
変化する気候が熱帯林に及ぼす影響について理解を深めるために、コロンビア大学で生態学、進化学、および環境生物学の教授を務めるMaria Uriarte氏は、森林画像の分析を必要としています。これらは切手サイズの鳥瞰画像で、Uriarte氏は28,000エーカーの国立公園全体をカバーする膨大な数の画像と取り組んでいます。これらの画像を10枚程度分析するだけでも数年単位の時間が必要で、森林全体の状況を把握するのに十分な数の画像を処理するのは到底不可能です。
ただしそれは最近までは、の話です。
画像分析を高速化
Uriarte氏は、変化する気候に森林がどのように対応しているかを明らかにし、今後の変化をより正確に予測するための手段として、AIに注目しました。
「AIとディープラーニングを使用することで、写真の中の多様な生物種を色と形で識別できます。その精度は非常に高く、かつ高速です」とUriarte氏は説明します。「私たちのアルゴリズムは、こうした作業の専門家よりも優秀です。AIシステムによる画像分析はわずか数日で完了しますが、これは人間には到底不可能なスピードです。またAIは、これまで考えられなかったような規模の調査を可能にしてくれます。過去の事象や特定のハリケーン、地形、気候などに関する質問をAIに投げかけると、将来の予測がAIから返されます。AIの登場により私たちの研究の規模は飛躍的に拡大しました」。
一例として、AIを使用することでUriarte氏のチームは、Sierra Palm (シエラヤシ) がハリケーンに対する耐性が高いことを発見できました。この樹種は2つの暴風雨による被害が甚大であった地域にも豊富に残っています。
Uriarte氏以外にも、世界中で数多くの科学者が気候変動の研究にAIを活用しています。
気候変動の進行についての科学者たちの理解が深まるにつれて、地球規模の現象に対する懸念も増しており、進行を遅らせる、食い止める、さらには方向を反転させることが急務となっています。NASAの報告書では、人間に起因する急速な温暖化により、陸氷の融解が進み、高温の海水域が拡大することで、2100年までに海面が1~4フィート上昇する可能性が指摘されています。また2017年に発表された気候科学特別報告書では、ハリケーンの増加と強力化が懸念されています。さらに多くの科学者が、今世紀半ばには北極海の氷が夏場にはほぼ消失するようになると見ています。熱波は厳しさを増して農地や都市を焦がし、気温の上昇に対抗するための負担は増す一方です。
干し草の山から針を見つける
気候変動の進行がスピードを増し、その影響が海面上昇から農業、野生生物、暴風雨パターン、氷床の縮小、干ばつ、人口に至るまで広範囲に及ぶなか、研究者たちは変化する気候についての理解を深め、進行を食い止め、さらには方向を反転させる方法を見出すことに全力を傾けています。
そしてこのような大規模な取り組みには、それを支える強力なツールが欠かせません。そのため大規模データベース、データ分析ツール、ハイパフォーマンスコンピューティングなどが活用されていますが、科学者たちによる地球を守る取り組みで、とりわけ強力なツールとして注目されるのが、人類への脅威として恐れられることも多いAIです。
IDC社のコグニティブ/AIシステム担当リサーチディレクターであるDave Schubmehl氏は、「科学者がAIなしに気候変動と戦うのは不可能」であると述べています。「科学者たちは人間にはできない処理を行うために、この高度なアルゴリズムを必要とし始めています。データ量が増えるにつれて、人間が干し草の山から自分で針を見つけられる可能性は限りなく低くなっていきます。膨大なデータから有益な情報を引き出し、研究を進展させるには、AIによる支援が欠かせません」。
データ量は増加の一途をたどっており、地球規模のセンサー、測候所、衛星、レーダー、ブイなどから大量の情報が送られてきます。Schubmehl氏によると、データポイントの数は数兆をはるかに超えており、今後も増え続けると予想されます。人間および従来のコンピュータープログラムでは、このような膨大なデータの処理は到底不可能です。
こうした目的のために生み出されたAIは、人間が数倍の時間をかけても不可能なタスクを処理することが可能です。科学者が利用可能なデータ量が増えるにつれて、パターンの発見、画像認識、さまざまな戦略や政策の評価、数十億もの観測結果に基づく予測などを行ううえで、AIの役割がますます重要になっています。
Maria Uriarte氏 (コロンビア大学生態学、進化学、環境生物学教授)。写真提供: Kevin Krajick氏
作物転換の成果を追跡
スタンフォード大学の教授陣によって設立された新興企業であるAtlas AI社では、研究者たちがAIを使用して衛星画像を分析することで、森林破壊や作物収量といった気候問題に関する知見を引き出しています。
Atlas AI社で事業開発担当ディレクターを務めるTemina Madon氏が指摘するように、「十分な数の人員がいなければ、膨大な画像に圧倒されてしまいます」。AIがなければ、わずか3つの衛星からの画像を分析するだけでも、高度な訓練を受けた600万人もの人員が必要です。「地理空間に関する膨大なデータセットが地球に送られてきており、これは非常に価値ある資産ですが、このデータを分析して気候変動の観点から解釈できる専門家がいなければ、せっかくのデータが無駄になってしまいます。これらの情報は問題の全体像を把握するうえで欠かせないものです」。
AIを自社のDNAと呼ぶ、Atlas AI社CEOのVictoria Coleman氏は、同社が衛星画像を分析して東アフリカにおける作物転換の成果を追跡するうえで、AIは大きく貢献していると説明します。タンザニアとケニアの一部農場主は、従来栽培していた一般的な作物から、干ばつと洪水の両方に強いとされる新たな品種のトウモロコシおよび米への転換を進めています。Atlas AI社は、こうした取り組みが成果をあげているかどうかの判断を支援しています。
「(新しい品種が) 実験室で成果をあげていても、現実の干ばつや洪水のもとで高い生産性を発揮できるとは限りません」とMadon氏は指摘します。同氏によると、Atlas AI社では独自のAIシステムが活用されています。「私たちは、アフリカ大陸を比較的高い解像度と頻度で撮影した大量の衛星画像による調査を実施しています。AIはこれらの画像から特定の小規模農業区画を見つけ出し、進捗状況を図表化できます。こうした作業を人間がこれほど大規模に行うことは不可能です。この取り組みを国全体に拡大して、国家単位での生産量予測を提供できるようになれば、各国政府は予測に基づいて作物を輸入する必要があるかどうかを判断でき、また気候変動の影響を地域別に詳細に把握することも可能になります」。
Atlas AI社では、こうした情報をケニアの国連大使や農業大臣と共有しています。
スタンフォード大学でエネルギー資源工学の准教授を務めるAdam Brandt氏は、AIを主として、石油・ガス採掘時に大気放出される物質 (強力な温室効果ガスであるメタンを含む) の量を明らかにするためのコンピュータービジョンアプローチに活用しています。
「AIはこの研究ストリームに不可欠であり、メタン漏出の検知コストを大幅に削減できる可能性があります」とBrandt氏は指摘します。「AIを活用することで、排出量を大幅に削減するための取り組みを、よりコスト効率よく推進できると私たちは期待しています。この研究ではコスト削減のカギとして、自動化を推進して高賃金の熟練オペレーターを不要にすることに重点が置かれていますが、その実現にはAIが欠かせません」。
数十年のスパンで気候変動を予測
ヒューレット・パッカード エンタープライズのハイパフォーマンスコンピューティング/AI担当バイスプレジデント兼最高技術責任者であるEng Lim Goh博士が指摘するように、気候変動の予測に取り組む科学者にとって、AIは必要不可欠なツールであることが実証されつつあります。
地域ごとに日単位で行われる天気予報とは異なり、気候モデリングは地球規模の変動を数十年のスパンで予測するものであり、使用されるデータ量もそれだけ膨大です。データ量が非常に多く、考慮すべきファクターも無数にあるため、関連するすべての原因を考慮するのは難しいことも少なくありません。Goh氏によると、この点に関してAIは人間を強力に補完することが可能です。
「従来のトップダウン型のルールベースや法則ベースのアプローチでは、予測に寄与するすべてのファクターを科学者が考慮できたかどうかに、予測の精度が大きく左右されます」とGoh氏は指摘します。「これは簡単な作業ではありません。例えば海洋に吸収される熱を考慮したら、次に氷床によって反射される熱も考慮しなければなりません。また人間の活動による排出量を考慮したら、次に家畜による排出量も考慮しなければなりません」。
この点に関して、機械学習は従来型の気候モデリングをサポートすることが可能です。「機械学習では、ボトムアップ型のアプローチが採用されます。すなわち、すべてのファクターの発見を目指す代わりに、これまで生成および記録されてきたデータに基づく学習が行われます」とGoh氏は指摘します。そのために使用される手法の1つが、接続ごとに調整可能なダイヤルを持つ洗練されたニューラルネットワークです。このニューラルネットワークに履歴データが供給されて、「まずは大雑把な推測が行われます」とGohは説明します。「結果が思わしくなければ、ダイヤルが調整されます」。最終的には大量の高品質データがネットワークに供給され、調整が加えられることで、将来についての高精度の予測が可能になります。
気候に関する重大な決定や政策に役立つ情報を提供
IBM社のトーマス・J・ワトソン研究所のディスティングイッシュドエンジニア兼チーフサイエンティストであるLloyd A. Treinish氏は、今後は気候変動の研究でAIの利用が拡大し、人間による重大な決定を支援するようになると見ています。
「将来的にこうしたツールは、政策サイドやビジネスサイドの人々が、自身の判断の結果を推測するために使用されるようになる」と、長期的サステナビリティに関して多くの市職員や公益企業との協働実績を有するTreinish氏は指摘します。「今日AIに期待される最大の役割は、意思決定の側面における支援であり、気候変動の影響を評価したり、さまざまな選択肢の結果を推測したりすることが求められています。気候変動の影響を軽減するために必要な変更を行うことは政策サイドの問題ですが、…AIはその決定を支援することが可能です」。
Microsoft社の最高環境責任者であるLucas Joppa氏によると、インドでは多くの研究者がMicrosoft社のAI for Earthプロジェクトの助成金を得て、電力使用に関係するコストと二酸化炭素排出量の削減にAIを活用し始めています。AI for Earthは、地球上のさまざまな環境問題を解決するためにAIを展開するという5ヶ年計画のもと、200以上の助成金を提供しており、その総額は5,000万ドルを超えています。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの準特別研究員であるJames Rising氏は、気候変動が私たちの食料システムに及ぼす危険性、とりわけコーヒー豆の栽培地域がどのように変化するかの調査に取り組んでいます。同氏はAIのサブセットである機械学習を使用して、どのようなファクターが作物の生育地、収量、および農家の生計に影響を及ぼしており、またどのような気候関連ファクターがそれらの事項に影響しているかを探っています。
「実のところ、影響を及ぼす、または影響を及ぼす可能性がある変数は、無数に存在しています」とRising氏は説明します。「正確なところは不明であり、個々の変数が重要かどうかを特定するには、データを調べるしかありません。年間降水量が400ミリリットルから450ミリリットルに増えると、コーヒーの生育に悪影響が生じるでしょうか。これまで、こうした難問を明らかにするには長期間にわたる調査が必要でした。今では機械学習によって数時間で調査が完了します」。
気候変動に取り組む科学者たちが直面している地球規模の課題には、洗練されたテクノロジーの活用が欠かせないとRising氏は指摘します。「今日、私たちはこれまでになく大量かつ複雑なデータセットを集約でき、それを分析する能力とテクニックを有しています。これにより、人間の死亡率、労働生産性、農業生産性、エネルギー需要などに関して、従来の認識を変えるような新たな事実が明らかになりつつあります。こうした進展は、ビッグデータやビッグコンピューティングなしには到底成し遂げられなかったものです。そして、こうした取り組みをサポートしてくれるのがAIです。AIは私たちのツールボックスの中でもとりわけ重要なツールです」。
コロンビア大学のUriarte氏、および同氏の熱帯林の研究にとって、送られてくる膨大なデータを処理して、有益な情報を引き出すことが何よりも大切です。そしてそのためにはAIが欠かせません。
AIと気候変動: リーダーのためのアドバイス
- 科学者が気候変動と戦うにはAIが欠かせない、と多くの専門家が見ています。AIは人間には不可能な処理が可能です。
- 膨大なデータ (データポイントの数は数兆規模と推測される) が、地球規模のセンサー、測候所、衛星、レーダー、ブイなどから送られて来ます。人間および従来のコンピュータープログラムでは、このような膨大なデータの処理は到底不可能です。
- 今日AIに期待される最大の役割の1つが、意思決定の側面における支援であり、気候変動の影響を評価したり、さまざまな選択肢の結果を推測したりすることが求められています。
この記事/コンテンツは、記載されている個人の著者が執筆したものであり、必ずしもヒューレット・パッカード エンタープライズの見解を反映しているわけではありません。

Sharon Gaudin
フリーの寄稿者、3件の記事
Sharon Gaudinは、Computerworld、InformationWeek、Datamationなどで活躍するベテランのテクノロジージャーナリストです。Sharonが取り上げる領域は、クラウド、セキュリティ、ソーシャルネットワーキングから、ソフトウェア開発、ロボット工学、AI、ハードウェアに至るまで、多岐にわたっています。現在Sharonは、犬の遊び相手と夕食作りを引き受けてくれるロボットの登場を待ちわびています。
enterprise.nxt
ITプロフェッショナルの皆様へ価値あるインサイトをご提供する Enterprise.nxt へようこそ。
ハイブリッド IT、エッジコンピューティング、データセンター変革、新しいコンピューティングパラダイムに関する分析、リサーチ、実践的アドバイスを業界の第一人者からご提供します。
関連リンク